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パンチョ伊東(伊東一雄)の凄さが分かる名言・語録集!球界きってのメジャーリーグ通の伝説エピソードから名前の由来まで


1995年に野茂英雄がメジャーリーグに挑戦するまで、メジャーは「大リーグ」という名の手の届かない世界でした。マッシー村上こと村上雅則がアジア人初のメジャーリーガーとして1964~65年に4勝をあげたとはいえ、1980年代頃にはすでに伝説であり、ほとんどの日本人には遠い異国の話でした。しかしその頃からメジャー通として、一部のファンに知られていたのがパンチョ伊東こと、伊東一雄です。

その名前を知らない人でも、ドラフト会議で指名選手の名前を読み上げる声には聞き覚えがあるに違いありません。「空白の一日」事件で騒然とする中、阪神が指名した江川卓の名前を呼び、KKコンビ運命のドラフトで、桑田真澄と清原和博の名前を読み上げたのも伊東です。

パリーグの広報部長を長く務め、当時人気のなかったパリーグを盛り上げようと尽力し、日本人にとってまだ憧れでさえなかったメジャーリーグ中継の解説を担当し、ノーラン・ライアンの剛速球やピート・ローズのヘッドスライディング、ミスターオクトーバーことレジー・ジャクソンの豪快な打撃など、今では伝説となっている名選手のプレーを伝えてくれました。

今回は球界きってのメジャーリーグ通であり、ドラフト会議の声でお馴染みだったパンチョ伊東の凄さが分かる名言や語録を紐解き、伝説エピソードから名前の由来まで迫ります。

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パンチョ伊東について

まずはパンチョ伊東こと伊東一雄の経歴を追ってみます。

1934年4月7日生まれ、東京都豊島区出身。太平洋戦争当時は千葉県市川市に移住しますが、子どもの頃から野球に親しみます。1959年に太平洋野球連盟(現パシフィックリーグ野球連盟)に入り、会長秘書を務め、1976年から退職する1991年まで広報部長職につきます。

1965年から実施されたドラフト会議では司会をつとめ、1991年まで指名選手の名前を読み上げ続けました。またメジャーリーグ通として、当時ダイジェストで流していたメジャーリーグ中継の解説者としても活躍します。

1991年に退職した後は、野球ジャーナリストとしてメジャーリーグの解説などを務め、野茂英雄以降、日本人メジャーリーガーが次々活躍する頃になると、膨大な知識を生かして数々の評論なども残しています。

2002年7月、ガンと戦った末、惜しまれつつ68歳で永眠されました。

 

私が選ぶ、パンチョ伊東の凄さがわかる名言・語録集

【名言語録その1】

「俺に名前を呼ばれずにプロになった奴がいたとしたら、そいつはモグリだよ」

ドラフト会議の司会者を25年間務めあげ、その間に呼んだ名前の数は1991人になります。最後となる1991年のドラフトでは、あのイチローの名前も読み上げています

1985年には伊東の「読売、桑田真澄」という声の後、会場がざわつくシーンは、プロ野球事件史の1ページとして今でも繰り返し放送されています。

1989年までドラフト会議でのモニター設置はなかったため、名前は伊東が漢字を口頭で説明していました。たとえば江川卓の時は「江戸のエ、リバーのカワ、卓越のタク」といった具合です。

忘れられないのは芝草宇宙の時です。「ひろしは宇宙、大宇宙、コスモ」という表現は詩的でさえあります。もちろん失敗談もあり、益田性旭の説明で「性はセックスの性」と言ってしまった事がありました。英語が得意な伊東は単に「性別」という意味で使ったのですが、後に益田には謝罪をしたようです。

益田に限らず、ドラフト選手たちのことは常に気にしていたようで、伊東は各選手についてよく覚えていました。

 

「そりゃ気になるさ。だって彼らは俺に名前を呼ばれなきゃ、この世界に入って来られなかったんだからな。親心というわけじゃないけど、やっぱり活躍すれば息子のように可愛いもんさ」

伊東の人柄がよく表れた言葉だと思います。

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【名言語録その2】

「君はリチャード・ギアに似ている」

伊東にそう言われたのは、フリーアナウンサーの松本秀夫です。それで伊東からはリチャードと呼ばれたようですが、笑福亭鶴光に「リチャード・ギアに失礼や。お前はヤギや」と言われてニックネームは「ヤギ」に変ったそうです。

ニックネームといえば「パンチョ」という呼称ですが、阪急ブレーブス(現オリックスバファローズ)に所属した「ドクターベースボール」ことダリル・スペンサーに、その陽気さからメキシコ人みたいだということで「パンチョ」と呼ばれたという説と、メジャーリーグを取材中にある関係者からそう呼ばれたとの説がありますが、いずれにせよ見た目とその陽気さからつけられたようです。

「パンチョ」は「フランチェスコ」の愛称ですから、スペイン語圏では多い呼称です。また「ふくよかな男性」とか「穏やかな」「ずんぐりとした」といった意味もあるそうです。まさに伊東にぴったりな愛称です。

あくまでも想像ですが、パンチョ伊東が人気だったからこそ、後にパンチ佐藤やGG佐藤といった登録名が生まれたのではないかと思います。

 

【名言語録その3】

「これから先、日米野球でたくさんのチームが来日するだろう。そのたびに新しい歴史が出来ていく。そういうことを、それを大いに期待したいものだ。それを本塁ベースの向こうからじっくり眺めていたい。ではみなさん、さようなら」

2002年7月、伊東が亡くなった後に発表されたメッセージです。メジャーリーグ通だった伊東が想像していた以上に、日本とメジャーリーグは近くなったように思います。それでも日本人内野手は成功したとまでは言えず、外野手もイチローと松井秀喜以外はスタープレイヤーになれてはいません。

また伊東がメジャーリーグ中継の解説をしていた頃、26球団だったメジャーリーグは現在30球団に増え、更なるエクスパンションで32球団の構想も出てきています。一方、日本では2004年に再編問題が起こり、エクスパンションどころか球団数減少の恐れもありました。近鉄バファローズが消え、オリックスとの合併に至る状況を、パリーグの広報部長でもあった伊東は「本塁ベースの向こうから」どんなふうに見ていたのでしょうか。

伊東がメジャーリーグ中継の解説として登場した頃、アメリカは建国200年のお祭り騒ぎの残り火のような勢いがあり、日本の少年雑誌にもメジャーリーグやNBAなどの記事が載せられ、ノーラン・ライアンの剛速球やジャバーのスカイフックに憧れる子どもたちも出始めていました。

野茂英雄はその頃、10歳前後です。直接、記憶にはなくとも、伊東がまいた種が、彼のまわりには散らばっていたはずです。


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名言からの学び

・すべては縁である。

・好きが世界をつなぐ。

・花が開くところには、先人がまいた種がある。

 

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