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村山実の凄さがわかる名言・語録集!伝説エピソードから人生哲学まで迫る!


プロ野球の歴史の中で、王貞治の「一本足打法」や野茂英雄の「トルネード投法」など、個性的であるがゆえに、その人のみに与えられた二つ名を持つ選手がいます。「ザトペック投法」との名前を与えられたのは、阪神タイガースの大エース村山実です。

ザトペックとはチェコの陸上選手で、ヘルシンキオリンピックでは長距離3種目で金メダルを取った不世出の名ランナーです。顔をしかめ、苦しそうにあえぎながらも、力強く前に進む姿から「人間機関車」とも呼ばれました。村山の苦しそうにしながらも闘志あふれる投球から「ザトペック投法」と名付けられたのです。

ミスタージャイアンツの長嶋茂雄をライバルとし、戦後の大学卒の投手では1位となる222勝をあげ、1970年にはシーズン防御率0.98という記録を残したミスタータイガース村山実。その背番号11は伝統あるタイガースの永久欠番となっています。

今回はザトペック投法「村山実」の凄さがわかる名言や語録、伝説エピソードからその人生哲学にまで迫ってみましょう。

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村山実について

まずは村山実の経歴を追ってみます。

1936年12月10日生まれ、兵庫県尼崎市出身。住友工業高校から関西大学に入学。大学日本選手権ではエースとして、西日本の大学では初の優勝に導く。1958年、大阪タイガース(現阪神タイガース)に入団

翌年、初登板を完封勝利で飾り、新人でいきなり最優秀防御率と沢村賞を獲得。生涯のライバルとなる長嶋茂雄に、6月25日の天覧試合(天皇陛下が観覧された試合)でレフトポール際にサヨナラホームランを打たれるというプロ野球史に残る出来事の当事者となります。

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その後、タイガースのエースとして大車輪の活躍を見せ、1970年にはプレイングマネージャーとなり、通算200勝も達成。シーズン防御率0.98という戦後最高記録を残します。1972年に引退しますが、活躍した時期がV9を達成した読売ジャイアンツの全盛期と重なり、一度も優勝することは出来ませんでした。

通算222勝、防御率はセリーグ記録で驚異の2.09、最多勝3回、最優秀防御率3回、最多奪三振2回、沢村賞3回、MVP1回。野球殿堂入りも果たしています。

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1988年には再びタイガースの監督に就任しますが成績は振るわず、わずか2年で退任。1998年8月、直腸ガンのため61歳の若さで惜しまれつつ亡くなりました。

 

私が選ぶ、村山実の凄さがわかる名言・語録

【名言・語録その1】

「あれはファールだ」

1959年6月25日の天覧試合で、当時タイガースのエースだった小山正明の後を受けて、ルーキーながらも9回に登板。先頭打者で一学年上の長嶋茂雄にホームランを打たれ、後に村山は事あるごとに「あれはファールだ」と言い続けました。

当時の映像を見る限り、ファールには思えませんが、天覧試合で、しかも村山が生涯のライバルと定めた長嶋にとってプロ入り後初のサヨナラホームランでもあり、その二つの事実が村山にファールと言わせるのでしょう。

同じタイガースのエースとなる江夏豊に、村山は「俺のライバルは長嶋茂雄だ。だから豊は王をライバルにしろ」と言ったそうです。

天覧試合では打たれたものの、自身の通算1500奪三振、そして2000奪三振も、「長嶋さんからとらせてもらいまっさ」と言って、共に長嶋から奪っています。

この強烈なライバル意識こそ、村山の原動力のひとつだったのだといえます。

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【名言・語録その2】

「わしらは命がけで投げとるんや。あんたらも命をかけて判定してくれ」

1963年8月11日の試合で、主審の判定に対して村山は猛抗議し、退場になります。その時、涙ながらにこの言葉を訴えたそうです。

「ザトペック投法」と名付けられた村山ですが、普通こうした二つ名は「天秤打法」とか「まさかり投法」とか、その独特のフォームから名付けられることが普通です。

しかし村山の「ザトペック投法」はフォームではなく、闘志あふれる投球スタイルからつけられた珍しい呼称です。星野仙一の「闘将」も似同じようなネーミングといえます。

最後まで熱血漢らしさは失われることはなく、引退試合となる1973年のジャイアンツとのオープン戦で、捕手の田淵幸一にこう言ったそうです。

「涙でサインが見えんから、投げる球はひとつや」

そして王、末次、高田の三人を連続三振に取り、マウンドを去りました。

プロは高等な技術をさりげなく見せるのもいいですが、必死に食らいつく姿を見せるのもまた、素晴らしいと思います。

 

【名言・語録その3】

「タイガースは、私にとって血であり肉であり生命だ」

現役時代はV9のジャイアンツと戦い、チームとしては破れ続け、監督としても結果は残せませんでしたが、タイガースを愛し続けた村山は、1985年にタイガースが21年ぶりのリーグ優勝を果たし、悲願の日本一に輝いた時、上記の言葉を残しました。

その後、自らも監督に再就任するも、またタイガースが優勝する日を見ることなく、61歳の若さでこの世を去ります。

ライバル長嶋茂雄は村山が亡くなり、「彼は一球たりともアンフェアな球は投げなかった」と思い出を語りました。

一方、村山も巨人戦でグラウンドに物を投げ込む巨人ファンに対して、監督だった長嶋がライト側スタンドに帽子を脱いで頭を下げ、場内を鎮静化させたのを見て、「わしが甲子園で同じことをして静かになるやろか」と言ったそうです。

共に認め合ったライバル同士が、伝統ある球団の顔として真剣勝負をぶつけ合う。それこそまさにプロ野球の醍醐味のひとつだと思います。

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村山実さんの生きざまを更に知りたい方は以下もオススメです。興味のある方はチェックしてみてくださいね。


村山実「影の反乱」 [ 水本義政 ]

名言からの学び

・大きなライバルがいることで、お互いを成長させる。

・必死に熱くなることも、プロだからこそ素晴らしい。

・互いに認め合う心が、いいライバルを得る。

 

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