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小林誠司の凄さが分かる名言・語録集!強肩イケメン捕手の伝説エピソードから努力論まで


偉大な記録を残した名選手が引退した後、その後継者となる者にのしかかるプレッシャーは相当なものがあるでしょう。かつて長嶋茂雄や王貞治といった4番打者の後に、主砲として期待された原辰徳が苦労したように、読売ジャイアンツで阿部慎之助のあとを担う捕手として期待されている小林誠司も試練の時を迎えています。

4年連続で盗塁阻止率セリーグ1位の強肩から、エースの菅野智之やメジャーリーグに移籍した山口俊が高い信頼を寄せ、イケメンとしても人気の小林。打撃やリード面などで課題とされるものも多く、首脳陣からの厳しい要求は、彼に対する期待の大きさでもあるのでしょう。

これまで各種の国際大会で日本代表にも選出され、活躍もしている小林ですが、チームでは次々とライバルたちの入団があり、毎年のように激しいポジション争いを繰り広げています。

今回は盗塁を試みる選手を減らしてしまう強肩イケメン捕手、小林誠司の凄さが分かる名言や語録を紐解き、その伝説エピソードから努力論にまで迫ります。

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小林誠司について

まずは小林誠司の経歴を追ってみます。

1989年6月7日生まれ、大阪府堺市出身。広島にある野球の名門、広陵高校に進み、エースの野村祐輔を擁して、甲子園に春夏出場しました。特に2007年の夏の選手権大会では決勝まで進み、佐賀北高校と伝説に残る激戦を演じて、惜しくも準優勝。同志社大学に進学します。大学ではリーグのベストナインを3回獲得し、チームの4連覇に貢献。卒業後は日本生命に入社。都市対抗野球にも出場し、ベストナインを獲得。2013年のドラフトで石川歩の交渉権を得られなかったジャイアンツが、外れ1位で指名し、入団します。

怪我などから1塁手に回ることが増えていた阿部慎之助の後継捕手として期待され、1年目から1軍でマスクをかぶり、強肩ぶりを見せつけます。2015年には開幕スタメンマスクを獲得し、2016年には正捕手として規定打席数に到達しますが、打率.204とリーグワーストを記録します。

2017年にはWBC日本代表に選出され、守備面はもちろん打撃でもチームに大きく貢献しましたが、シーズンでは打撃が振るわず、2年連続でリーグワーストとなりました。しかしその守備力は高く評価され、初のゴールデングラブ賞に輝きます。

2018年は打撃面で浮き沈みが激しく、2019年も出場試合が100を割るなど、主に打撃力の面で伸び悩んでいますが、その強肩ぶりは変らず、国内でトップクラスです。

2019年シーズン終了まで、プロ通算6年間で337安打、14本塁打、打率.219。ゴールデングラブ賞1回。

2020年はコロナ禍の中、開幕しましたが、すぐに死球により骨折してしまいました。早期の復帰を期待したいところです。

 

私が選ぶ、小林誠司の凄さがわかる名言・語録集

【名言語録その1】

「とにかく打たないと後がないと思う」

その強肩ぶりはプロ野球屈指の威力を見せつけていますが、小林の課題とされるのは打撃力です。日本のプロ野球では野村克也の影響からか、捕手は主に好リードが求められていて、打力は二の次だという風潮があります。

そのため打力に魅力がある捕手は、別のポジションにコンバートされるケースも多く、古くは飯田哲也、山崎武司、小笠原道大、和田一浩、関川浩一、礒部公一、現役では銀次などが捕手出身です。

守備力が重視される捕手だけに、その年のリーグワースト打率を記録する捕手は多く、谷繫元信は5回、野村克也に伊東勤といった打てるイメージのある名捕手も2回、そして小林の先輩となる阿部慎之助も2回記録しています。ただしそれらの捕手は、長い現役時代の中に悪い年もあったということであり、谷繁ならば3割を打った年や20本塁打した年もありますし、野村は史上2位の657本塁打に三冠王、阿部も首位打者に輝き、40本塁打を放った年もあります。

だとしても捕手の平均からすれば、小林が突出して打力が弱いというわけではありません。やはりジャイアンツで80年代に正捕手だった山倉和博も、最初の5年間は2割そこそこの打率で、1割台も2回ありました。小林に同情すべきは前任者がプロ野球史に残る強打者の阿部だったことと、セリーグでは會澤翼、パリーグでは森友哉と、打てる捕手が目立ってきたことでしょう。

小林も2019年ならば、あと2本ヒットを放っていれば打率.250を越えています。下手だといわれる犠打をきっちり決め、そしてしっかり四球を選べれば、打率は必然的に改善されるし、もっと余裕が生まれて、捕手特有の読みも生きてくるのではないかと思います。

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【名言語録その2】

「甲子園の決勝で大逆転負けをした、あのキャッチャーが今も野球も続けていて、出てきたんやなって、そう言われたい」

広島屈指の野球の名門校として、金本知憲や二岡智宏、福原忍、野村祐輔、有原航平らを輩出した広陵高校ですが、2007年の夏に野村と小林のバッテリーで、甲子園決勝まで進みました。しかし「佐賀北旋風」とも呼ばれた公立高校の佐賀北高に逆転負けを喫し、準優勝に終わりました。

今でも高校野球ファンが甲子園屈指の名勝負にあげる試合でもありますが、負けた側の小林は捕手として後悔があるそうです。

 

「先頭打者にヒットを打たれたんですけど、その打者はピッチャーで8番打者。バッティングはあまり良くなかった。そんな打者に対して、一番打ちやすい緩いボールを要求したんです。野村は僕のリードに首を振らないんで、そのまま投げてくれたんですけど、それを打ち返された。あのヒットから相手に勢いが出てきて、球場が揺れるような大歓声になったんです。後になって思うのは、なんであの時、僕はあんなボールを野村に投げさせたんやろって。野村に悪いことをしたなって。すごく後悔しているんです」

魔が差す、という言葉がありますが、人はぎりぎりの場面で、自分でも思いの寄らない行動をとってしまうことがあります。おそらく甲子園の決勝という舞台でなければ、小林もそんなリードはしなかったのではないでしょうか。

 

「勝てる捕手になりたい」

甲子園での敗戦以来、小林はそれを目標にしてきました。「若い選手を育てるために補強は必要」という原辰徳監督の考えもあり、次々に実績のある選手や新人を補強するジャイアンツですが、それは常勝を目指すチームならば当然ともいえます。

その戦いを勝ち抜ける選手ならば、まさに「勝てる捕手」になれるのは間違いないでしょう。

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【名言語録その3】

「これだけは自信がある、っていうものはない。でも、負けたくないなというのは、そりゃもちろん持ってますよ。勝負は挑んで行きたい」

シーズンが開幕するたびに「不安と恐怖しかない」と言う小林。求められるレベルが高いだけに、苦悩が続いているようです。

「意思がすぐ曲がる。すぐ覆される。でもそれって自分に自信がないから」

「けど、やってみるしかないんで、やってみる。取り組んでみる」

それらの言葉からは、手探りながらも、自らの課題と向き合っていることが伝わってきます。

2018年には菅野智之と山口俊が、自分たちの登板の時には、小林を捕手にするよう原監督に直訴しました。肩と守備力に対する評価は、チームの柱である2人が認めるレベルだということです。それは確かな自信として誇ってもいいように思います。

 

「人間、我慢も必要ですからね。我慢と忍耐。それに、試合に出なければ打率も下がらないっす」

小林にとって、投手からの信頼が最大の武器であり、それは打率以上に下げてはいけないものだろうと思います。


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名言からの学び

・わずかなディテールの違いが結果の差になる。

・後悔は未来の希望に変えられる。

・信頼が最大の武器である。

 

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