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巨人の歴代ショート(遊撃手)一覧まとめ!最強選手や最高年俸ランキングも合わせてチェック!

2020/03/28

2019年に5年ぶり37度目のセリーグ優勝を成し遂げた巨人。球団創設が12球団で最も古く、そして最も優勝回数が多い栄光の歴史には、サードの長嶋茂雄さんやファーストの王貞治さん、センターの松井秀喜さんといった国民的スター選手の活躍がいつの時代もありました。

今回は伝統ある巨人の内野の花形ポジション、「ショート」を守った歴代選手の成績や年俸などを調べ、巨人歴代最強のショートについてまとめてみました。

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巨人歴代ショート(遊撃手)一覧まとめ!

はじめに1950年以降、そのシーズンの主にショートを守った選手を確認してみましょう。

年度 選手名 背番号 試合数 打率 本塁打 打点 タイトル
1950 山川 喜作 7 106 0.248 7 42
1951 平井 正明 8 112 0.280 7 63 ベストナイン
1952 平井 正明 8 120 0.276 4 52 ベストナイン
1953 平井 三郎 8 120 0.291 11 65 ベストナイン
1954 広岡 達朗 2 112 0.314 15 67 ベストナイン、新人王
1955 広岡 達朗 2 125 0.257 11 43
1956 広岡 達朗 2 93 0.233 9 32
1957 広岡 達朗 2 92 0.244 18 33
1958 広岡 達朗 2 111 0.277 12 41
1959 広岡 達朗 2 120 0.237 14 47
1960 広岡 達朗 2 98 0.233 12 26
1961 広岡 達朗 2 125 0.203 10 41
1962 広岡 達朗 2 116 0.214 4 33
1963 広岡 達朗 2 104 0.241 5 41
1964 広岡 達朗 2 117 0.209 6 34
1965 広岡 達朗 2 103 0.229 1 25
1966 黒江 透修 67 91 0.244 2 17
1967 黒江 透修 67 129 0.278 9 49
1968 黒江 透修 5 129 0.284 7 37 ベストナイン
1969 黒江 透修 5 130 0.293 7 63
1970 黒江 透修 5 123 0.254 10 48 日本シリーズ優秀選手賞
1971 黒江 透修 5 124 0.278 6 42 日本シリーズ優秀選手賞
1972 黒江 透修 5 127 0.275 7 52
1973 黒江 透修 5 111 0.246 8 47
1974 河埜 和正 29 119 0.195 10 28 ダイヤモンドグラブ賞
1975 河埜 和正 29 90 0.277 6 17
1976 河埜 和正 29 124 0.244 5 24
1977 河埜 和正 29 125 0.294 12 45 ベストナイン、日本シリーズ敢闘賞
1978 河埜 和正 29 128 0.291 9 55
1979 河埜 和正 5 128 0.228 15 56
1980 河埜 和正 5 125 0.230 6 27
1981 河埜 和正 5 130 0.264 16 42 日本シリーズ優秀選手賞
1982 河埜 和正 5 127 0.271 11 34
1983 河埜 和正 5 95 0.242 4 19
1984 河埜 和正 5 111 0.258 13 46
1985 岡崎 郁 45 96 0.268 4 19
1986 岡崎 郁 45 92 0.295 6 37
1987 鴻野 淳基 25 94 0.292 4 17
1988 岡崎 郁 5 106 0.275 5 30
1989 川相 昌弘 0 98 0.254 5 28 ゴールデングラブ賞
1990 川相 昌弘 0 94 0.288 9 32 ゴールデングラブ賞
1991 川相 昌弘 0 126 0.251 2 36 ゴールデングラブ賞
1992 川相 昌弘 0 98 0.258 5 23
1993 川相 昌弘 0 131 0.290 5 35 ゴールデングラブ賞
1994 川相 昌弘 0 130 0.302 0 33 ベストナイン、ゴールデングラブ賞
1995 川相 昌弘 0 108 0.261 2 19
1996 川相 昌弘 0 126 0.232 2 22 ゴールデングラブ賞
1997 川相 昌弘 0 124 0.288 6 25
1998 川相 昌弘 0 93 0.256 1 16
1999 二岡 智宏 7 126 0.289 18 51
2000 二岡 智宏 7 119 0.265 10 32
2001 元木 大介 2 123 0.292 9 39
2002 二岡 智宏 7 112 0.281 24 67 日本シリーズMVP
2003 二岡 智宏 7 140 0.300 29 67 ベストナイン
2004 二岡 智宏 7 91 0.269 9 49
2005 二岡 智宏 7 139 0.301 16 58
2006 二岡 智宏 7 146 0.289 25 79
2007 二岡 智宏 7 139 0.295 20 83
2008 坂本 勇人 61 144 0.257 8 43
2009 坂本 勇人 6 141 0.306 18 62 ベストナイン
2010 坂本 勇人 6 144 0.281 31 85
2011 坂本 勇人 6 144 0.262 16 59
2012 坂本 勇人 6 144 0.311 14 69 最多安打、ベストナイン
2013 坂本 勇人 6 144 0.265 12 54
2014 坂本 勇人 6 144 0.279 16 61
2015 坂本 勇人 6 130 0.269 12 68
2016 坂本 勇人 6 137 0.344 23 75 首位打者、最高出塁率、ベストナイン、ゴールデングラブ賞
2017 坂本 勇人 6 142 0.291 15 61 ゴールデングラブ賞
2018 坂本 勇人 6 109 0.345 18 67 ベストナイン
2019 坂本 勇人 6 143 0.312 40 94 MVP、ベストナイン、ゴールデングラブ賞

1950年代

山川喜作選手、平井正明(三郎)選手、広岡達朗選手の3人が活躍しました。平井選手が3シーズン守った後に登場した広岡選手はルーキーながらポジションを獲得して打率.314、15本塁打、67打点を記録し、新人王に輝きました。

しかし打率はルーキーイヤーが最高で、58年を除いて2割前半と打撃面がやや低調でした。

1960年代

引き続き広岡選手が65年までレギュラーを務めますが、打率は2割前半に落ち着いていました。その広岡選手に代わり66年からは黒江透修選手が台頭しました。

ONコンビとクリーンアップを打つこともあり、69年には打率.293を記録しチームを支えました。

チームも65年からV9を達成しましたが、黒江選手もそのうち8度レギュラーとして貢献しています。

1970年代

ONコンビを擁し、73年までV9を果たしましたがV9の終わりと同時に黒江選手から河埜和正選手へとレギュラーが代わりました。強肩を武器に活躍し、70年代半ばからの巨人を支え、ショートとして出場した1,370試合は坂本勇人選手に抜かれるまで巨人歴代1位の出場試合数を誇りました。

チームはV9後の転換期を迎え、長嶋監督の下で最下位を経験しますが2度のリーグ優勝を果たしました。

1980年代

河埜選手が11年務めた後、85年からの2年間は岡崎郁選手、87年は岡崎選手と鴻野淳基選手が激しくポジションを争い、88年は再び岡崎選手が守りました。岡崎選手は84年に病気を患い支配下登録を外れていましたが、癒えた85年に支配下に復帰し、河埜選手とのレギュラー争いを制しスタメンに定着。87年は84年オフに西武からトレードで移籍してきた鴻野選手と激しいレギュラー争いを展開しました。この87年、鴻野選手はキャリアハイの出場試合数となりました。

翌88年は鴻野選手が開幕スタメンを果たすも送球にミスが目立つようになり外野へコンバート、岡崎選手がポジションを掴むも翌年にサードへコンバートされ、一度退いていた藤田監督が復帰し、川相昌弘選手が抜擢されます。抜群の守備力でゴールデングラブ賞を獲得し、後に世界記録を樹立したバントと合わせて2番ショートをがっちり掴み、90年代へと入っていきます。

1990年代

長嶋監督が監督に復帰してからも2番ショートは川相選手が務めました。ゴールデングラブ賞を複数回受賞するなど活躍しましたが、99年に近畿大学から即戦力大型ショートとして二岡智宏選手が加入しポジションを奪われました

その二岡選手は1年目から126試合に出場して打率.289、18本塁打、51打点と活躍し、右中間への長打が代名詞の「打てるショート」として力を発揮しました。

2000年代

1年目からレギュラーを獲得した二岡選手は00年も活躍します。9月24日の中日戦では4点ビハインドの最終回に江藤智選手の満塁本塁打の直後に打席に入り、2球目を打つとライトスタンドへ。サヨナラ本塁打がリーグ優勝を決める一打になりました。

翌01年は左手の骨折で戦列を離れ、穴を埋めたのは元木大介選手。自身2度目の規定打席に到達し、二岡選手が復帰以降はスーパーサブとしてチームを支えました。03年からは再び二岡選手が務め、安定した成績を残していましたが08年の開幕戦で肉離れを発症し、試合途中で交代。代わりにショートに入ったのは、プロ2年目で初の開幕スタメンをセカンドで迎えた坂本勇人選手でした。

坂本選手は翌日からシーズン終了までショートでスタメン出場を続け、翌年は主に1番打者としてチームを牽引していきます。

2010年代

ショートのポジションを掴んだ坂本選手は10年には全試合フルイニング出場を果たし、当時の巨人ショートでは最多の31本塁打を記録。12年に最多安打を獲得後は低調なシーズンを過ごしましたが、16年には首位打者に輝き、19年には自らの持つ巨人のショート歴代最多本塁打を40本に更新し、この記録は球団の生え抜きの右打者としても最多本塁打数でした。加えて、セリーグのショートとして40本塁打は85年の宇野勝選手(中日)以来2人目の快挙でした。

試合に出始めた2年目のシーズンから4年続けてリーグ最多失策数を記録するなど守備面の課題を指摘されていましたが、守備の名手と呼ばれたヤクルトの宮本慎也選手や後にチームメートとなる中日の井端弘和選手に師事し、16年にゴールデングラブ賞を初受賞するなど攻守両面でチームを引っ張っています。

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巨人軍歴代ショート年俸ランキング!歴代最高年俸は坂本勇人選手の5億!

ここでは巨人軍歴代ショートを年俸で順位付けしてみました。なお、年俸と成績はショートとして1試合でも出場したことがあるシーズンの数字を記載しています。

順位 年度 選手名 年俸 打率 試合数
1 2019 坂本 勇人 5億0000万円 0.312 143
2 2008 二岡 智宏 2億0000万円 0.279 31
3 1998 川相 昌弘 1億4600万円 0.256 93
4 2002 元木 大介 1億2000万円 0.257 121
5 1992 岡崎 郁 5700万円 0.252 124

80年代に入ってから徐々にプロ野球選手の年俸は上昇していき、それ以前の選手たちは安い年俸だったこともありますが、1位は坂本勇人選手でした。2019年から3年は年俸を固定し、残りの2年は成績に応じて変動する複数年契約を結んでいます。5億円で臨んだ2019年はチームを優勝に導きMVPに輝きました。

2位は坂本選手の前にレギュラーを務めていた二岡智宏選手の08年シーズンの2億円前年までの好成績を球団が評価しましたが、この年は開幕戦で怪我をして離脱。結果として坂本選手にレギュラーを奪われ、オフに日本ハムにトレードされる悔しいシーズンでした。

続いて3位は98年シーズンの川相昌弘選手の1億4600万円でした。この年は規定打席には到達しなかったものの452犠打のプロ野球記録を樹立し、選手会長としてチームを支えた1年でした。

4位は02年の元木大介選手で1億2000万円。前年には故障で離脱した二岡選手の穴を埋め、打率.292、本塁打は自己最多タイの9本塁打、打点39をマークしました。自己最高年俸となった02年もサードを中心に121試合に出場(ショートでの出場は30試合)、ユーティリティプレーヤーとしてチームの日本一に貢献しました。

5位にランクインしたのは岡崎郁選手でした。自己最高年俸は95年と96年の7500万円でしたが、ショートとしての出場記録があるシーズンの最高年俸は92年の5700万円です。この年はサードをメインポジションとし、ショートでの出場は1試合でしたが、自己最多タイの12本塁打を記録しレギュラーとして活躍しました。

 

私が思う最強の巨人軍歴代ショートは坂本勇人選手!

数々の選手が守った巨人のショートのポジションですが、歴代最強の選手は坂本勇人選手だと考えます。

ここで、坂本勇人選手のプロフィールを確認していきましょう。

職業:プロ野球選手
生年月日:1988年12月14日
身長:186cm
出身:兵庫県
最終学歴:光星学院高校
血液型:AB型

1988年(昭和63年)12月14日生まれ、兵庫県伊丹市出身。青森の光星学院高校から2006年の高校生ドラフト会議で1位指名を受け読売ジャイアンツに入団しました。

プロ1年目の07年、9月6日の中日戦の延長12回に代打で出場して初安打と初打点を記録。翌年には開幕スタメンに名を連ねて、シーズン全試合にスタメン出場。以降19年シーズン終了まで数回故障による離脱はありましたが、他の選手にポジションを譲ることなく試合に出場し続けています。

プロ13年で1,670試合に出場し、打率.293、223本塁打、800打点を記録しています。いずれの記録も巨人の歴代ショートの中で一番の成績です。また、安打数も1,884本記録しており、20年シーズンはNPB史上最年少での2,000本安打達成が有力視されるなど、巨人だけではなく球界No.1ショートへの道を走り続けています。

16年に首位打者を獲得した確実性に加え、19年には40本塁打を記録するなど近年は長打力にも磨きをかけていますが、守備面でもゴールデングラブ賞を3回受賞しており、攻守両面で活躍しています。

15年からは巨人の第19代主将を務め、名実ともにチームの中心選手としてプレーし、主将になってから初めて優勝した19年にはセリーグのショートとしては史上初のMVPに輝いています。

NPBにおける令和第1号本塁打も放っており、上述した最年少での2,000本安打達成の可能性もあるため、令和の時代を代表する選手として今後も活躍していく巨人歴代最強のショートと言えるでしょう。

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巨人歴代ショートに関する豆知識

落合博満選手や清原和博選手、丸佳浩選手など巨人と言えば他球団の主力選手をFAで獲得してきました。延べ26人がこれまで加入していますが、ショートを主戦場とした選手を獲得したことはありません

FA制度が導入された93年以降、川相選手と二岡選手、坂本選手が主にショートを守ってきましたがいずれも生え抜きの選手です。特に川相選手と坂本選手は高卒で入団し、結果を残してポジションを掴み取りました。古くは広岡選手や黒江選手、河埜選手も生え抜きであり、巨人のショートは生え抜きの選手が守り続けています。

いつかは坂本選手も他のポジションにコンバートされる日が来るかもしれません。後継者が吉川尚輝選手とはじめとした生え抜き選手になるのか、今後の注目ポイントの一つです。


報知新聞社 坂本勇人(読売ジャイアンツ) 2020年 カレンダー CL-576 壁掛け B2 プロ野球 巨人

 

まとめ

・巨人のショートは各年代で長く守った選手が多くいて、いずれも生え抜き選手である。

・川相選手はバントの世界記録、二岡選手は優勝決定サヨナラ本塁打、坂本選手は右打者のショートとしてはリーグで2人目の40本塁打をマークするなど、記録と記憶に残る活躍をした。

・歴代で一番年俸が高かったのは、2019年シーズンの坂本選手の5億円。

・坂本選手は2020年シーズンにNPB史上最年少の2,000本安打達成の可能性があり、令和第1号の本塁打を放つなど令和時代の活躍も期待される巨人歴代最強のショートである。

 

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