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山田久志監督の凄さが分かる名言・語録集!人生哲学からリーダーシップ論まで迫る!

2018/09/07


プロ野球界において絶滅危惧種ともいうべきアンダースロー。かつては通算187勝の杉浦忠や、当時の日本記録だった一試合17奪三振の足立光宏、プロ野球最後のシーズン30勝の皆川睦雄など、多くのアンダースローピッチャーが活躍していました。
そのアンダースローで最高の勝ち星284勝を上げた大投手が山田久志です。

阪急ブレーブス(現オリックスバファローズ)で活躍し、1976年から78年までの3年連続MVPは、今もプロ野球記録ですし、12年連続して開幕戦先発という大エースでした。

指導者としても投手コーチや監督を歴任。2009年のワールドベースボールクラッシックでは投手コーチとして、世界一となりました。

今回は山田久志監督の凄さが分かる名言や語録から、人生哲学からリーダーシップ論まで迫まりす。

 

山田久志について

まずは山田久志の経歴を追ってみます。

1948年7月29日生まれ、秋田県能代市出身。能代工高から富士製鉄釜石に入社。都市対抗野球で敦訳し、1967年西鉄ライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)からドラフト指名を受けるも拒否。翌年、阪急ブレーブスのドラフト1位指名で入団

2年目から活躍し始め、1970年代には6回のリーグ優勝を果たす阪急黄金期の大黒柱として君臨します。
71年の日本シリーズでは無敵のV9ジャイアンツを相手に好投し、9回裏二死まで完封していましたが、王貞治にホームランを浴びて敗戦投手となり、マウンドにしゃがみこんでしまったシーンは全国の野球ファンの心に残りました。

現役20年間で通算284勝はアンダースロー1位はもちろん、プロ野球史上7位となる記録です。総投球回数の3865回は歴代9位、完投283回は歴代6位。
3年連続MVP、最多勝3回、最優秀防御率2回、最高勝率4回、ベストナインとダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデングラブ賞)も5回取っています。

現役引退後は、オリックスブルーウェーブ(現オリックスバファローズ)、中日ドラゴンズの投手コーチ、2002と03年にはドラゴンズの監督を務めました。

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また2009年の第二回ワールドベースボールクラッシックでは球数制限がある中、難しい投手起用を投手コーチとして乗り越えて世界一になりました。

 

私が選ぶ、山田久志の凄さがわかる名言・語録集

【名言語録その1】

「胸の中がかっと燃えさかっていなきゃ、投手なんかやってられない。それを抑える術を知ったやつが、本当のエースなんだと思う」

アンダースローというと技巧派のイメージですが、山田は浮き上がってくるような快速球を武器にし、後に同じチームにいた先輩アンダースローの足立光宏が使っていたシンカーを覚え、決め球としました。

清原和博がルーキーだった頃、当初、山田は決め球のシンカーをまったく投げなかったそうです。スーパールーキーに対して熱くなっている部分と、まだ決め球を使うほどではないという冷静さが混在した気持ちだったのでしょう
後に清原にもシンカーを投げるようになると、真ん中の絶好球と思った球が肘に当たるほどキレがよく曲がったそうです。

70年代から80年代にかけて何年かに一度、シーズンオフに日米野球が開催され、現役のメジャーリーガーが来日し、日本のチームや全日本選抜と試合をしていました。その時にメジャーで通用する投手として必ずメジャー関係者から名前が上ったのは山田でした。
その山田がそこまでの投手になったきっかけのひとつは一本の本塁打です。

 

「あのホームランがあったから、そこ後の自分がある」

山田がそう語る「あのホームラン」とは1971年の日本シリーズで、9回裏二死まで0点に抑えながら、王貞治に打たれたサヨナラホームランです。

「打たれる気はしなかった」という好投で9回を迎え、先頭の柴田に四球を出したところで、ブルペンにいた米田哲也が投げ始めたのを見て、山田は頭に血が上ってしまったそうです。米田は350勝投手ですし、当時の山田よりも格上。ベンチの判断としては悪くないのですが、冷静になれない山田は打たれてしまいました。

その経験が山田を本当のエースに育てたのでしょう。

 

【名言語録その2】

「一番最後までユニフォームを着ているヤツが一番なのさ」

これは山田と、251勝をあげた東尾修、そして215勝をあげた村田兆治と三人で酒宴になった時、誰が上座につくかで、山田がこう言って、まだ唯一現役だった村田を上座に座らせたそうです。

 

「オレは記録やユニフォームに未練があるんじゃない。野球そのものに未練があるんだ」

そんな言葉も残している山田は、ドラゴンズの監督時代、山本昌にベテランだからと練習メニューを変えず、若手と同じ量をこなすよう指導しました。山本はそれによって選手生命が伸びたと語っています。

オリックスのコーチ時代には、中継ぎ投手を酷使する起用法について名将仰木彬監督と対立。山田自身は投手として283完投もしましたが、終始投手寄りのスタンスを崩しませんでした

そんな山田がもっとも影響を受けた監督は悲運の名将西本幸雄です。
山田は1年目に6連敗した時、西本監督から「チームメイトの見方を変えさせるほど頑張れ」と言われて、自分を奮い立たせたそうです。

そのためか山田は西本をリスペクトし、指導者としても西本と同様に育成型だったといえます。

 

【名言語録その3】

「いい選手で終わったらだめ。プロなんだから上手くて当たり前。プロは見せるものだから、お客さんが喜んでくれるプレーをしなきゃいけない。福本さんだったら『いつ走るんだろう』、王さんだったら『いつホームラン打つんだろう』、イチローだったら『必ずヒット打つんだろうな』と、ファンは楽しみにする」

育成型の監督だった山田は、ドラゴンズ時代に前人未到の400セーブをあげる岩瀬仁紀を見出し、更に朝倉健太を抜擢。後にメジャーリーガーとなる福留孝介を守備の負担が少ない外野にコンバートし、二遊間を「アライバ」コンビこと荒木雅博と井端弘和に任せました。

ドラゴンズの監督に就任した山田に、尊敬する西本幸雄が「監督は孤独や。非情になることや。それができるかどうかや」と言ってくれたそうです。
わずか2年の監督生活は、選手の故障などの不運もあり、主力選手との不和などの話も聞かれて、思ったような結果は残せませんでしたが、ドラゴンズにとっては後につながるものを残した監督だったといえます。

また星野仙一がタイガースの監督していた時に、捕手の谷繫元信と打者の矢野燿大が言い合いとなり、星野が谷繫に怒鳴ったところ、ドラゴンズ監督だった山田は星野に怒鳴り返したことがあったそうです。しかし両者共に半分はショーだとわかっているので、遺恨にはならなかったそうです。

山田はそういった古き良き昭和の野球を伝える人物でもあり、まだまだ活躍して欲しい方です。

 

名言からの学び

・熱さと冷静さを兼ね備えるのがエースであり、そのためには挫折を糧にしなければならない。

・リーダーは何よりも現場で活躍し続けてる者をリスペクトするべきである。

・プロは上手くて当たり前。そこから先にあるものを感じ、実践してこそ本物のプロだといえる。

 

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