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西本幸雄監督の名言・語録集!悲運の名将のリーダシップ論や人生哲学に迫る!


プロ野球界で「悲運の名将」と呼ばれ、今も伝説となっている「江夏の21球」の敗将としても記憶されている西本幸雄氏。

20年間の監督生活のうち、最初の大毎オリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)で、いきなりリーグ優勝。
続く阪急ブレーブス(現オリックスバッファローズ)ではチームの黄金期を作り上げ、5度のリーグ制覇ををし、日本シリーズではV9巨人の最強ライバルとして苦しめました。
最後の近鉄バッファローズ(現オリックスバッファローズ)では強力打線でリーグ連覇。
監督通算で8度のリーグ優勝を成し遂げます。

しかし、プロ野球の監督として歴代6位の勝利数をあげ、8度も優勝しながら、そのすべてが「リーグ優勝」であり、一度も日本一には手が届かなかったことから、いつしか西本氏は「悲運の名将」と呼ばれることになりました。

今回はプロ野球史上3人しかいない、3つのチームを優勝に導いた名将、西本幸雄氏の名言・語録からそのリーダシップ論や人生哲学にも迫ってみましょう。

 

西本幸雄氏について

まずは西本幸雄氏の経歴を追ってみます。

1920年4月25日生まれ、和歌山県和歌山市出身。旧制県立和歌山中学校から立教大学へ進学。太平洋戦争時でもあり学徒出陣。終戦後はいくつかの社会人チームを経て、毎日オリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)に入団

入団時点で、選手としての盛りは過ぎており、現役生活はわずか6年。
その後、二軍監督やヘッドコーチを経験し、1960年に大毎オリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)の監督に就任。そこで最初の悲運が待っていました。

シーズン後に「永田ラッパ」の異名を持つ名物オーナーの永田雅一氏と、日本シリーズでスクイズを失敗した采配について対立。優勝監督なのにも関わらず事実上解任

その後、1962年に阪急ブレーブスの監督となり、5度のリーグ優勝を果たしますが、第二の悲運は、その頃の野球界が、世界の王貞治やミスタープロ野球の長嶋茂雄らを擁するV9ジャイアンツの全盛期だったことです。
350勝の米田哲也、アンダースロー史上NO.1の山田久志、世界の盗塁王福本豊らの陣容をもってしても、日本一には届きませんでした。

1974年からは近鉄バッファローズの監督となり、79~80年にリーグ連覇を果たしますが、いずれも日本一にはなれませんでした。特に79年は山際淳司氏がその著書に記した「江夏の21球」という第三の悲運に見舞われます。

1981年に退いてからは解説者として活躍。その後も監督就任の依頼はあつたようですが、それを断り、監督として通算1384勝、歴代6位の勝利数を残し、2011年に永眠されました。

 

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「俺は誰にも媚を売っては生きてない」

リーグ優勝を果たしながら、事実上の解任となった大毎の時、永田オーナーともめたのは日本シリーズでのスクイズの是非についてでした。
その後「江夏の21球」でもスクイズが絡んできます。
どちらも決定的な場面でスクイズを選択し、失敗。敗戦につながりました。
しかし西本氏は「スクイズのサインを出したことに後悔はない」と断言しています。

オーナーの永田氏は、当時人気産業だった映画界で「羅生門」などの名作を作った大映の社長であり、パリーグ初代総裁で、政界のフィクサーとしても名が知られていました。
そんな大物相手に、監督一年生の西本氏は怯むことなく反論し、結局引くことなく首になりました。

まさに誰にも媚を売らない、その頑固なまでの反骨心が、西本氏の強みでもあり弱みでもあったのでしょう。

 

「指導者というのは、姿形を見ていてどこに無駄な力が入っているのかを見抜かなきゃいけない。そして、その改善策を指導しなきゃいけない」

当時、南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)の監督をしていたドン・ブレーザーが、福本豊の俊足ぶりから「当てるようなバッティングをすれば首位打者がとれる」と言っていたのを本人が聞き、当てて転がす練習をしていたそうです。すると西本監督は激しく怒り「ちょんとバットに当てて走るようなバッティングをやっていたら、1回か2回はヒットを打てるやろう。でも続かない。力のない打球を打ったら、なんぼ足が早うてもアウトや」と厳しく叱責したそうです。

福本氏は盗塁で有名ですが、168センチの小兵ながら、本塁打も208本記録しています。その侮れない長打力があるからこそ、俊足がより脅威になったとも言えます。

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西本氏が監督として凄いのは、阪急も近鉄も監督を引き受けた際には共に「お荷物」と呼ばれる弱小球団であり、スパルタ指導によって選手を鍛え上げて常勝チームに育てた点です。

体罰もあり、厳格な指導だったため、批判の対象となったこともあります。
そのため阪急時代には、選手に監督として相応しいかどうか自ら信任投票をさせ、その結果、一時は辞任を申し出る騒動にもなりました。
それでも福本豊氏をはじめ山田久志氏など選手の多くは「オヤジ」と呼んで慕っていました

そこには紆余曲折があっても、選手を思い、プロとしてしっかりと結果を出させることで、徐々に信頼されていった指導者像が見えてきます。

 

「そりゃあ、勝つに越したことはないし、勝ちたかったよ。でも、まあ、これも天の定めちゃうのかな」

リーグ優勝はすれども、結局日本一には届かず、西本氏はこんな言葉を残しています。
太平洋戦争当時、学徒動員で前線に赴いた経験のためか、西本氏は硬骨漢でありながら、慎重さと達観を持ち合わせています。

スポーツライターの玉木正之氏は、近鉄が「いてまえ打線」と呼ばれはじめた頃、西本監督に「今の打線なら負ける気がしないでしょう?」と尋ねたことがあったそうです。すると西本氏は「野球いうもんは、そんなもんやない」と答えたので、「どんなもんですか?」と更に突っ込むと「怖いもんや」と言ったそうです。

従軍経験者が「怖い」というのですから説得力があります。
野球用語には「死球」とか「併殺」とか、ちょっと物騒な言葉も少なくありません。
西本氏にとって野球は、まさにやるかやられるかわからない、ぎりぎりの勝負であり、最後は人事を尽くして天命を待つという気持ちだったのでしょう。

 

「俺はあんなに素晴らしい教え子と、何回も優勝したんだから悲運なんていわれると、あいつらに失礼だよ」

「俺は幸運だったと思う。確かに日本シリーズで8回も負けたけど、強がりではなく後悔はない。自分のつくったチームが上り坂にあると感じる時の快感は優勝よりええもんよ」

この二つの名言には、「悲運の名将」と呼ばれることへの反発が現れています。
勝ち負けは時の運もあります。特に日本シリーズのような短期決戦はそうです。

それよりも手塩にかけて育てた選手たちの成功が、何よりも監督としての勲章だ、ということなのでしょう。
西本氏はそんな育成型のリーダーであるといえます。

日本シリーズでの二度のスクイズ失敗について、今もいろいろと語られる西本氏ですが、その正否は結果論です。
同じように、西本氏が弱小チームを育て上げ、厳しい戦いの中、8度のリーグ優勝に導いたこともまた、結果として揺るぎません。

確かに運はなかったのかもしれませんが、決して悲運などではない
そんな西本氏の声が聞こえてくるような気がします。

 

名言からの学び

・権力者にも媚を売らず、自分を曲げない反骨心が、その人の弱みになることもあるが、逆に次のステージを呼び込む力にもなる。

・どんなに厳格であれ、的確な指摘によって少しずつ結果を出させれば、リーダーとしての信頼に結びつく。

・運がなくても、それが悲運だとは限らない。視点を代えれば、もっと重要な価値を得ていることもある。

 

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