高梨雄平の凄さが分かる名言・語録集!苦労人サイドスロー投手の伝説エピソードから努力論まで
投手にとって投球フォームを変えるというのは大きな決断です。そこに至るにはさまざまな理由で「このままではダメだ」という挫折や問題意識を抱えた結果でしょう。特に変則フォームへの転向は手本となる者も少なく、リスクの大きい賭けです。苦労の末にその賭けに勝ち、変則サウスポーとして活躍しているのが高梨雄平です。
高梨は2016年のドラフトで東北楽天ゴールデンイーグルスに9巡目指名されましたが、それは指名された87名中85番目でした。左のサイドハンドに転向したばかりで、まだスライダーも曲がらない状況ながら、左のサイドハンドらしからぬ投球が目に止まったのです。
読売ジャイアンツへのトレードによって、更なる進歩と活躍を見せ、ドラフト9位から年俸1億円を越えるプレーヤーになるまで成長した高梨。それはドラフト下位からの見事な下剋上であり、巻き返しです。
今回はドラフト9位から1億円プレーヤーになった高梨雄平の凄さが分かる名言や語録を紐解き、苦労人サイドスロー投手の伝説エピソードから努力論にまで迫ります。
高梨雄平について
まずは高梨雄平の経歴を追ってみます。
1992年7月13日生まれ、埼玉県川越市出身。小学校3年から野球を始め、リトルからシニアリーグへと歩みを進め、川越東高校へと進学。1年の春からベンチ入りしますが、甲子園には縁がありませんでした。卒業後は早稲田大学に進学。3年の時にはリーグ史上3人目となる完全試合を達成するなど活躍しましたが、4年次に調子を崩したまま、JX-ENEOSに就職します。社会人2年目にサイドスローに転向。強気の投球がスカウトの目に止まり、2016年のドラフト9位で東北楽天ゴールデンイーグルスに指名されて入団します。
ルーキーイヤーから開幕1軍入りし、全球団の新人1番のりで初勝利をあげ、46試合に登板し、防御率1.03という好成績を残します。翌2018年には球団最多となる70試合に登板し、日米野球では日本代表にも選出されました。2019年はシーズン途中での虫垂炎もあり、一時離脱しますが48試合に登板。シーズン終了後、読売ジャイアンツにトレードとなります。
移籍1年めの2020年、44試合に登板して、防御率1.93の活躍をみせ、チームのリーグ優勝に貢献します。その後も2年連続で50試合以上に登板し、2023年の契約は年俸1億円を越えるものとなりました。
2022年シーズン終了まで、日本プロ野球通算6年間で、9勝4セーブ、110ホールド。防御率2.23。
料理も得意でYouTubeでも料理を披露している高梨。まだまだ他球団の打者も料理してくれそうです。
私が選ぶ、高梨雄平の凄さがわかる名言・語録集
【名言語録その1】
「余白を面白がってもらえるんじゃないかと思ったんです」
大学時代にはスリークォーターからのフォームで完全試合も達成した高梨。しかし4年になるとイップスを発症してしまいます。それは「筋力が足りない」と考え、筋力トレーニングにのめり込んだ結果で、悪いフォームを修正出来ず、ひどい時にはホームベースよりもはるか手前にボールを叩き付けるような状態になってしまいました。
「大学の頃から状態がいい時は抑えられるけど、悪い時は普通に打たれていました。悪いなりに抑える試合がほとんどなかったんです。社会人で悪い日なんか、目も当てられないような感じで。監督の立場からすれば、一発勝負の世界で出してみなきゃわからない選手は使いにくいですよね」
それで高梨は動作系のトレーニングに取り組み、フォームをサイドスローに変えることを決めます。同僚でサイドハンド投手である鈴木健矢の真似から始め、毎日2時間、鈴木にシャドウピッチングなどを見てもらいました。
ドラフトでは9位指名で87名中85番目だった高梨。チームメイトが祝福のために彼の部屋を訪ねると、高梨は部屋でなぜか全裸のまま洗濯物を畳んでいたそうです。チームメイトに祝福されても、彼は「なんのことですか?」と首を傾げました。その後、指名の記者会見では当時の監督が、高梨は打撃も良いから、次の年は外野手への転向を考えていたと明かしたそうです。
もしもこの年に指名されず、高梨が打者転向を受け入れていたら、今日の彼の活躍はなかったことでしょう。しかしそんな彼を見ていた者が確実にいました。
【名言語録その2】
「最初から1軍でバリバリ投げるというより、面白いと思ってもらえる枠を取りにいったんです。最初に、こいつ面白いなとインパクトを残せれば、1軍でダメでもファームでよかったら、また上げようと思ってもらえる」
高梨は自分がプロのスカウトだったら自分自身をスカウトしたかの問いに「絶対にとらない」と話しています。しかしまだ発展途上のサイドスローをしっかり見ていたものがいたのです。
当時の高梨は左のサイドハンドの代名詞ともいえるスライダーがうまく曲がりませんでした。過去に左のサイドハンドで活躍した投手は永射保、遠山獎志、宮西尚生など、いずれも左打者の背中から曲がってくるようなスライダーが武器でした。
高梨自身も「当時はプロも社会人も左のサイドと言えばまっすぐとスライダーだけというタイプが多かったんです。インコースを突けるのは評価してもらえるだろうなと思っていました」とスライダーが曲がらないことを逆手にとって、自分なりの投球術を磨いていました。
「こいつにスライダーがあったら面白いんじゃないかと、余白を面白がってもらえるんじゃないかと思ったんです」という高梨の目論みにハマったのが、イーグルスのスカウトだった後関昌彦でした。
更にプロ入りした時には、まったく曲がらなかったスライダーですが、ルーキーイヤーの新人合同自主トレで、ドラフト87人中85番目指名だった高梨は、ドラフト10位で全体の最後だった西口直人とキャッチボールをしていました。すると急にスライダーが曲がり出したそうです。
けれどそれは決して偶然ではありません。高梨いわく「155キロは出るけど1ヶ月しか持たない、というのは戦力にならない。地味に143から144キロくらいしか出なくても、1年間投げられる形を目指すべき。その観点から自分だけでなく、他の選手のウォーミングアップやキャッチボールを見るようになりました」とのこと。彼の観察力が、見事に最適解を見つけだした結果なのです。
【名言語録その3】
「僕はなんとか自分自身をこねくり回して、飯を食うしかないんです」
「本当は僕だって横投げにはしたくないですよ」と言う高梨。「誰もが知っているような天才的な選手って、能力の伸びるスピードがめっちゃ速いか、いろんな能力を一気にゲットしていくんです。でも僕がそれをやろうとすると、何もうまくならない」と自ら天才ではないことを自覚しています。
「たとえば新しい球種を覚えるなら既存の球種と相性がいいものとか、体の機能を高めるならいろんな場所に波及して相乗効果を得られるものを重視するとか。その結果、スライダーも曲がるようになったし、球も速くなった。もう薄紙を積むようにアップデートしていく感じですね」
理論派で、料理好きの高梨は、社会人時代の同僚が「独特の空気を持っていました」と話すように、妙な存在感があり、イーグルス時代にもオフには仙台の放送局でゲストとして他競技のアスリートと対談するなどしていました。しかしチームは多くのイーグルスファンが失敗と断じるトレードで、高梨を手放します。
ジャイアンツに移籍後、更なる活躍を見せ、1億円プレーヤーになった高梨。最近「ここまでしか行けなさそうな上限が見えてきた」そうです。それは否定的な意味ではなく「プロになってきたなという感じ」なのだそうです。
「ここからどうやって踏ん張るか。そこで戦っていないと、プロ野球選手というより、ただ野球があまくなりたい人という感じじゃないですか」
プロらしく、したたかに、高梨はまだまだ戦ってくれそうです。
名言からの学び
・運命を動かすのは、自分が何をし、誰と出会うかである
・最高が最良であり、最適解とは限らない
・天才ではなくても、戦う方法はいくらでもある
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