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外木場義郎の名言・語録集!天才投手の努力論や人生哲学に迫る!


日本プロ野球史上、完全試合を達成した投手はわずかに15人。それに加えてノーヒットノーランを二度も記録している投手がひとりだけいます。外木場義郎です。

広島カープの豪速球エースとして、万年最下位争いの弱小球団だったカープを支え、1975年のカープ奇跡の初優勝の際には20勝をあげ、チームをけん引しました。15年の現役生活で通算131勝、通算防御率2.88という好成績を記録しています。

完全試合1回、ノーヒットノーラン2回というのは、空前の400勝をあげた大投手金田正一でも完全試合1回、ノーヒットノーラン1回でとどまっていることや、完全試合に至っては1994年から記録されていないことを考えれば、とてつもない記録です。

今回はそんな剛腕外木場義郎の名言・語録から、天才投手の努力論や人生哲学に迫ります。

 

外木場義郎について

まずは外木場義郎氏の経歴を追ってみます。

1945月6月1日生まれ、鹿児島県出水市生まれ。鹿児島県立出水高校を卒業後、電電九州(現NTT九州)に入社。1965年、広島カープに入団

早速、同年の10月2日、阪神タイガースを相手にわずか四球1に抑える完璧な投球で、なんとプロ初勝利をノーヒットノーランで達成。タイガースの大エース村山実を相手にした快挙でした。

その後はなかなか結果が出せませんでしたが、1968年からローテーションの柱として活躍。21勝をあげてカープ初のシーズン3位に貢献します。更に9月16日の大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)を相手に完全試合を記録。同時に当時のセリーグ記録となる一試合16奪三振も達成します。

1972年4月27日の読売ジャイアンツ戦でまたも四球1でノーヒットノーランを記録します。

1975年には「赤ヘル旋風」のエースとして最多勝をあげ、カープを初優勝に導きます。
残念ながらその翌年に10勝はしたものの肩を痛め、1979年に引退します。
引退後はカープやオリックスブルーウェーブ(現オリックスバッファローズ)のコーチも務めました。

現役15年間で二桁勝利が8回、うち2回は20勝以上。最優秀防御率1回、最多勝1回、最多奪三振1回、沢村賞1回獲得しますが、やはり記憶に残るのは完全試合+ノーヒットノーラン2回という快挙です。

そのうち一度目はタイガースの永久欠番となる背番号11で222勝をあげた村山実との投げ合いであり、最後は世界の本塁打王である王貞治とミスタープロ野球の長嶋茂雄がいたV9ジャイアンツが相手です。万年最下位争いしているチームのエースによる下剋上は実に痛快でした。

完全試合とノーヒットノーランの歴代達成者は?両者の意味や違いもチェック!【プロ野球】

 

私が選ぶ、外木場義郎の凄さがわかる名言・語録集

名言語録その1

「何ならもう一回やりましょうか」

現役時代はマスコミに対して無口だった外木場氏ですが、初勝利をノーヒットノーランで飾った時のインタビューで発した有名な言葉です。

この発言はその後いろいろと問題視されることもありましたが、外木場氏の不敵な天才ぶりを表す言葉として、今も取り上げられます。
しかし本人によると、記者がその前に「実力ですか?」と失礼な聞き方をしたそうで、気の強い外木場氏がつい答えてしまった言葉がそのまま伝えられたとのこと。

この日の登板は予定外のことで、本来の先発投手が練習中に故障し、敗戦処理要員としてベンチに入っていた外木場氏に急遽先発が回ってきたのだとか。
相手はあこがれでもあった村山投手だけに「この人と投げるんか」と思ったそうです。

面白いのはこのビッグマウスが後に現実になり、それどころか更にもう一度起こるということです。現在もスポーツ選手のビッグマウスが、ファンをざわつかせることがありますが、このように本当に結果を残すこともあるわけで、ビッグマウスが伝説になるのを見るためにも、ファンは温かい目でみてやって欲しいものです。

名言語録その2

「力だけではダメ。運たけでもダメ。両方が揃わないと完全試合は達成できません」

一度目のノーヒットノーラン後、2年ほどは活躍できませんでしたが、それについて外木場氏は「能力的に本当のものが身についていなかった」と語っています。

二軍でくすぶっている時、当時カープの一軍投手コーチだった根本陸夫が、なぜかよく寮の外木場氏の部屋へやってきたそうです。その時に言われたのが「お前の良さをいかせ」ということ。それでコントロールも大事ですが、持ち味の速球に磨きをかけるのに集中することにしました。
根本陸夫は後に「球界の寝業師」との異名で呼ばれた人です。外木場氏に目をつけたのは、もちろん偶然ではないでしょう。

その成果が完全試合を呼び込みます。7回くらいからベンチが静かになり、まわりの方が緊張していたそうです。9回には「緩いボールを打たれて悔いを残すのが嫌だった」のですべてまっすぐで三者三振に仕留めました

出会いや巡り合わせもひとつの運です。コーチだった根本氏はこの時にはカープの監督ですし、実力と運に恵まれて完全試合は生まれました。

 

名言語録その3

「せった試合になればなるほどですね。強気の攻めをした方がいいと思いますね」

右打者の内角をえぐるように浮き上がる速球で三振を取る豪速球投手というイメージの強い外木場氏ですが、それを印象づけたのは完全試合での16奪三振と、タイガースの主砲田淵幸一への死球でしょう。

1970年8月26日の試合で、外木場氏の投げたボールが田淵の頭部を直撃。田淵は左耳から血を吹きながら失神し、全治3ヶ月の大怪我を負いました。それがきっかけとなり、ヘルメットの耳当てが義務化されます。当時はとても衝撃的な事件でした。

強気の攻めによる事故ですが、決して死球でも構わないというような荒っぽい攻めというわけではありませんでした。
コントロールのいい投手ではありませんでしたが、強引ではありません。

たとえばあるラジオ番組で外木場氏はこう言っています。

「三振をとるっていうのはね、ケースバイケースですからね、本当は打たしてとりたいっていうのがいいんですよ。三振はここというところでとれればいい」

事実、一度目のノーヒットノーランでは奪三振3、二度目では奪三振わずかに2です。
それで必ずしも強引に力任せの投球をしていたわけではないことがわかります。

70年の田淵は絶好調で本塁打王も狙えるペース。しかもこの日はせった試合展開で、主砲に強気な攻めからの失投が死球になりましたが、それが外木場氏の神髄でもありました。

このことがあってもその強気な投球は変りませんでしたし、田淵もその後、責めることはありませんでした。

 

名言からの学び

・天才のビッグマウスは時に本物の奇跡をもたらす。

・実力だけではなく、人との出会いやタイミングなどの運があって、はじめて成し遂げられることがある。

・勝つために強気であるのは必要なこと。しかし強気な攻めと、単なる荒々しさはまったくの別物である。

 

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