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岩隈久志の凄さが分かる名言・語録集!ノーノー達成のメジャーリーガーの伝説エピソードから努力論まで


2018年にプロアマ合同の日本野球規則委員会が開かれ、いわゆる「2段モーション」を反則投球とする項目が削除されました。そもそも国際化に対応するという口実で2006年から2段モーションは禁止されましたが、その是非はともかくその影響を受けた投手たちがいました。横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)の三浦大輔や福岡ソフトバンクホークスの斉藤和巳といったエース級も例外ではありませんでした。そしてその影響を大きく受けながらも再びエースとして輝いたのが岩隈久志です。

岩隈は2004年のオフに起った球界再編問題で消滅した近鉄バファローズのエースとして活躍し、分配ドラフトを拒否して東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍。寄せ集めの弱小球団の絶対的エースと期待されている中で2段モーションが禁止され、成績も低迷しますが、2008年には21勝をあげて復活。2012年にはFAでメジャーリーグのシアトルマリナーズに移籍し、2015年には野茂英雄以来となる日本人2人目のノーヒットノーランを達成しました。

2019年に読売ジャイアンツに加わり、1軍登板はありませんでしたが、2020年も現役としてユニフォームを着続けています。

今回はメジャーリーグでノーヒットノーランを達成した岩隈久志の凄さが分かる名言や語録を紐解き、波乱に満ちた野球生活の伝説エピソードから努力論にまで迫ります。

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岩隈久志について

まずは岩隈久志の経歴を追ってみます。

1981年4月12日生まれ、東京都東大和市出身。堀越学園高校では甲子園出場はなかったものの、1999年のドラフト5位で近鉄バファローズから指名を受けて入団。2年目に1軍初登板を果たし、完封も記録。日本シリーズでも先発を任されます。2002年に先発ローテーション入りし、2003年には15勝をあげてチームのエースとなります。

2004年は初の開幕投手となり、最多勝を獲得。しかし近鉄がオリックスに球団保有権を売却。一気に球界再編の波が起こり、近鉄と合併するオリックスへの入団を拒否。背後で中日をはじめ読売や阪神などがトレード獲得も画策しますが、選手会の支援を受けて、チームリーダーだった礒部公一と共に新球団である東北楽天ゴールデンイーグルスに加わります。

イーグルスでは戦力が整わない中、肩の故障、それに追い打ちをかける2段モーションの禁止もあり、なかなか思うような結果が残せませんでしたが、2008年に復活。21勝をあげて最多勝に輝き、MVP、沢村賞も獲得します。2009年シーズン前のWBCでは陰のMVPと言える活躍を見せて世界一に貢献。更にシーズンでも2桁勝利をあげ、チームも2位と初のAクラス入りを果たしました。2010年オフにはポスティングよるメジャーリーグ移籍を目指しましたが交渉が不調に終わりチームに残留。翌2011年オフに海外FA権を行使してシアトルマリナーズに移籍します。

マリナーズでは先発ローテーションの一角として安定した投球をみせ、2012年から2017年までの6年間で3度の2桁勝利をマーク。2015年にはボルチモアオリオールズを相手に日本人2人目のノーヒットノーランを達成しました。しかし故障もあり、右肩の手術を受け、2018年はメジャーでの登板はありませんでした。

2019年より日本球界へ復帰し、読売ジャイアンツに入団。この年、1軍登板はありませんでしたがベテランとして復活を虎視眈々と狙っています。

日本プロ野球通算13年間で107勝、防御率3.25。MVP1回、沢村賞1回、最多勝2回、最優秀防御率1回、メジャーリーグ通算6年間で63勝、防御率3.42。

日米通算170勝のベテランが抜群のコントロールで復活するのか、ジャイアンツファンのみならず注目しています。

 

私が選ぶ、岩隈久志の凄さがわかる名言・語録集

【名言語録その1】

「フォームが頭の中でこんがらがっている上に、肩ヒジの痛みという恐さがあった」

近鉄バファローズ時代に若きエースだった頃の岩隈は、独特の2段モーションでリズムとタメを作る投球フォームで最多勝を獲得しました。しかし2006年から2段モーションが禁止となり、肩やヒジの故障も重なっておよそ3年間スランプに陥ります。

「そのフォームに行き着くには長いプロセスがある」と言ったのは、マサカリ投法で有名な村田兆治ですが、2段モーションの禁止はいきなりその長いプロセスを剥奪したも同然です。岩隈が同じく2段モーションだった三浦大輔や斉藤和巳以上に苦しんだのは、すでに経験豊富で引き出しが多かった三浦や斉藤と違い、ようやくプロで活躍するためのスタイルが身に着いたばかりの25歳であったことも大きかっただろうと思います。

そもそも国際ルールにはない2段モーション禁止を、国際化のために導入するということ自体がちぐはぐですし、2018年に再び解禁された背景に何があったのか、いろいろ気になることはありますが、2004年には球界再編でのゴタゴタにも巻き込まれた岩隈だけに、度重なる外圧に不運さを感じてしまいます。

 

「去年1年間なんて、何をやっていたか、ほとんど記憶にないですもんね」

2008年に復活する前は、そんな追い込まれた状況だったようです。近鉄は優勝争いの出来るチームでしたが、イーグルスはオリックスが先に選手25名を選び、プロテクトした残りの選手を分配して出来たチームのため、誰の目にも戦力不足であり、実際に初年度は97敗を喫するなど弱小でした。その中でエースとして頼りにされる存在だった岩隈だけに、いろいろな想いがあったことでしょう。

 

「不安は全部取り除いておきたかった」

そんな思いで2007年に手術をし、2008年に21勝をあげ、チームの勝ち星のおよそ3分の1をひとりで稼ぎ出し、BクラスチームからのMVP選出という栄誉に輝いた岩隈。カムバック賞とはなりませんでしたが、素晴らしい復活劇だったと思います。

 

【名言語録その2】

「完投にこだわっても肩を消耗するだけ。大事な試合は行きますけど、そうでないときは1年間、ローテーションを守る方が大事。無理をしてシーズン途中で離脱するのは嫌ですからね。結局、自分の体は自分で守るしかない。だから、そのあたりの判断は自分でしたいと思う」

岩隈は完投にこだわらず早めに降板することから、張本勲など球界OBには「喝」を入れられるようなこともありました。しかし岩隈の日本での完投率は21%であり、現在屈指のタフネスぶりを見せる菅野智之の19.5%と遜色はありません。そして斉藤和巳の15.3%、則本昂大の16.9%を上回っています。確かに昭和の投手やダルビッシュ有の33.5%、田中将大の30.8%といった投手に比べれば低いとはいえ、現在の野球界ならば称賛されていい数字です。

イーグルスの監督だった野村克也も、岩隈のエースとしての有り様には不満だったようで、彼が5回途中5失点で降板した時に「あれだけの球があるのに、バッターを見下ろすところがない」とボヤいていました。

イーグルスが初めてリーグ2位となったクライマックスシリーズでは、日本ハムファイターズとの第2ステージ、1勝3敗で後のない4戦目に岩隈は志願してリリーフ登板し、スレッジにホームランを打たれて、初めての日本シリーズ進出にとどきませんでした。結局、それは野村の監督生活最後の試合となりましたが、仙台のファンはもちろん、野村も「岩隈が打たれたなら仕方がない」と納得していたと思います。それこそまさにエースの証明なのでしょう。

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【名言語録その3】

「ノーヒットノーランなんて狙って出来るもんじゃないですから、運ですよ。あの日がとくに調子が良かったというわけでもありませんでしたし」

岩隈は2015年8月12日、ボルチモアオリオールズ戦でノーヒットノーランを達成しました。メジャーで日本人投手によるノーヒッターは野茂英雄に次ぐ2人目です。

2010年にポスティング制度が出来て12年目にして、初めて入団交渉が決裂したのが岩隈でした。岩隈側の要求が高すぎたとも、交渉権を得たオークランドアスレチックスが、ライバルとなるチームに岩隈を獲得させないため、あえて交渉権を獲得した上で破談にしたのではないかとも言われ、真相はわかりませんが、最初の5年間で63勝というのは見事な成績です。

打たせて取るタイプの岩隈だけにノーヒットノーランというのは「中学生の時、1回あったくらい」だといい、「練習試合ですけどね」と笑っていました。

 

「ストライク先行で攻めていくのが自分の投球」

抜群のコントロールで、どんどんストライクを取りに行く岩隈の投球スタイルは「気持ちが大事なんだと思います」と語っています。「この世界は、とにかく弱気になったらダメだと思う」「ちょっと怯んだだけでもデカいのを打たれてしまいますから」

クールに見えても、やはり内に燃える闘争心を持っているところに、紆余曲折あった野球人生ながらも、エースとして君臨した男の矜持が感じられます。

 

名言からの学び

・不安は試行錯誤の種である。

・敗れても多くの者が納得できるのがエースである。

・クールさも闘争心もすべてがエースの矜持である。

 

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