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則本昂大の凄さが分かる名言・語録集!最強奪三振王の伝説エピソードから努力論まで


投手経験がある人ならば、狙って奪った三振の快感は忘れられないものがあります。もちろん狙って取ったダブルプレイも「してやったり」感はあるのですが、やはり三振はエラーも何も起こり得ない最良の結果であり、相手をねじ伏せて、チームを勢いづかせる力があります。

現役で奪三振王といえば、8試合連続2桁奪三振の日本記録を持ち、5年連続でパリーグ最多奪三振を奪った則本昂大です。

過去に通算で1000イニング以上投げている投手で、もっとも奪三振率が高いのは野茂英雄ですが、則本は2019シーズンまでの記録で野茂に次ぐ2位であり、メジャーリーガーのダルビッシュ有や田中将大、レジェンドの松坂大輔や杉内俊哉などよりも高率です。

ルーキーイヤーに田中将大の24連勝を目の当たりにして日本一を経験し、その後は東北楽天イーグルスの大黒柱となった則本。5年連続で180イニングを投げ、4年連続で200以上の三振を奪った剛腕は、2019年度の故障から復活し、異例の7年契約も結んで、イーグルスのエースとしてチームを支え続けることになりました。

今回は5年連続最多奪三振の則本昂大の凄さが分かる名言や語録を紐解き、最強奪三振王の伝説エピソードから努力論にまで迫ります。

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則本昂大のプロフィール詳細

まずは則本昂大の経歴を追ってみます。

1990年12月17日生まれ、滋賀県犬上郡出身。八幡商業高校では2年からエースでしたが、甲子園出場はなく、三重中京大学へ進学。4年生の時に全日本大学野球選手権大会で1試合20奪三振を記録。2012年のドラフト2位で東北楽天ゴールデンイーグルスに入団。

2013年、エース田中将大がWBCに日本代表として参加していたこともあり、パリーグでは杉浦忠以来55年ぶりに、新人開幕投手に抜擢されます。次の登板ではこの年の新人で最初に勝ち星を上げ、パリーグの新人としては松坂大輔以来の15勝を記録し、新人王に輝きます。24勝をあげた田中と共に大活躍を見せ、チーム創設9年目にして初の日本一に貢献します。

2014年も開幕投手を務め、交流戦では4完封。8月には1安打無四球で二桁勝利をあげ、9月には出場野手全てから三振を奪い、このシーズンは両リーグ最多イニング数を投げました。オフには日米野球で5イニングを無安打に抑え、西勇輝、牧田和久、西野勇士とつないでノーヒットノーランを達成します。

2015年も二桁勝利と最多奪三振、パリーグの最多投球イニングを記録、2016年には2リーグ後初の新人から4年連続開幕投手となり、4年連続二桁勝利、3年連続の最多奪三振を獲得。2017年、8試合連続で二桁奪三振という日本記録を作り、二桁勝利と最多奪三振も継続します。2018年、新人から6年連続二桁勝利と、史上3人目となる5年連続最多奪三振を記録しますが、2019年は右ひじの手術のため離脱、5勝に終わりました。

2019年シーズン終了まで、通算7年間で80勝、1245奪三振、防御率3.05。新人王、最多奪三振5回。

チームと新たに7年契約を結んだ則本ですが、メジャー移籍を封印して、更なる活躍を見せてくれることでしょう。

 

私が選ぶ、則本昂大の凄さがわかる名言・語録集

【名言語録その1】

「自分は気持ちで投げるタイプ。意気に感じてマウンドに上がりたい」

新人王を獲得し、今や日本を代表する投手のひとりである則本ですが、高校時代はまったくの無名であり、大学も則本たちの学年が最後の卒業生として閉校するなど、決して日の当たる場所にいたわけではありません。大学では33勝無敗も、所属リーグのレベルが疑問視され、大学日本代表候補には書類選考で落とされています。土壇場になってプロ志望を決めるものの、内定が決まっていた社会人チームと話し合い、ドラフト2位以内でなければ社会人野球に進む予定でした。

大学時代、投手としての総合力ではライバルだった同級生投手の方が上だと感じていたという則本。当時はアーム型といわれる投げ方をしていたために、全日本大学野球選手権大会で20三振を奪っても、プロのスカウトの評価はそれほど高くはありませんでした。

しかし球団創設9年目を迎えようとしていたイーグルスは、まだまだ投手力不足であり、当時のスカウトは「体の強さ、ボールの強さ、気持ちの強さ。今の楽天に必要なものを彼は備えている」とドラフト2位で指名します。

 

「僕はアマチュア時代は脚光を浴びてこなかったので、人より反骨心は強いと思います。大きな舞台に立ったこともなかったですし、そういう意味ではその場面を楽しめた結果が成績にも出るとは思います」

2013年のシーズン当初、則本の新人王はもちろん、イーグルスの日本一を予想した人は少なかった筈です。

しかし則本は見事に1年間投げ切り、チームを日本一に導いたのです。

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【名言語録その2】

「防御率が悪くても、チームの勝利のために無我夢中にやっていた自分を出して行けたらなって思って投げていました」

この言葉は、防御率が上がっても、なかなか勝ち星が増えないシーズンを繰り返し、優勝したルーキーイヤーの初心を思い返したものです。

2013年のチーム日本一の際について、コーチだった佐藤義則は「ファンは田中、田中だったけど、則本もそれくらいの働きをしてくれていたからね」と「陰のMVP」に選んでいます。

監督だった星野仙一も、日本一まであと1イニングという場面で田中将大を起用した場面について、「3点差ではなく1点差でも田中投手を登板させたか」という記者の問いに、首を振って「そのときは則本を続投させていた」と答え、ルーキーながら則本への信頼を語っています。

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田中将大の背中を見て、エースとして勝つことを重視する則本は、連続試合2桁奪三振の記録が途切れた時も、記録より「勝てなかったことが悔しい」と唇をかみしめていました。

それは結果を出し続けることで、日本を代表する投手にまでのし上がった則本の、矜持とも言える部分なのだろうと思います。

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【名言語録その3】

「強い球は、まっすぐだけじゃない」

ルーキーイヤーに田中将大の24連勝というアンタッチャブルレコードというべき凄みを、その目で見ることが出来た則本。それは彼にとって大きな財産になったと思います。

 

「気持ちのこもった球やったら、強いかな。田中さんはまっすぐもスプリットもスライダーも、すべてが強い球だから、あれだけ勝てる。僕もスライダーやフォークが強くなってきた」

通算1000イニング以上の投手の中で、野茂英雄に次ぐ2位の奪三振率を誇る則本ですが、奪三振率上位投手の中で、四球をひとつ出す間にいくつ三振を奪うかを算出したK/BBという指標では田中に次ぐ2位であり、ダルビッシュ有や杉内俊哉を上回っています。

力投型の投手のわりに四球が少ないということですが、大学時代には制球難があった則本ですから、それは田中の背中を見て学んだ結果だといえそうです。

また則本は2013年の1年目から2018年まで6年連続で180イニング前後の回数を投げ、球数も毎年3000球前後を放っています。それだけ投げると翌年には故障する実例が多く、則本のタフさは特筆すべきものがあります。

しかし2019年シーズンには、ついに右ひじの手術をすることとなりました。則本はまっすぐの投球割合が多く、勝負どころでカットされ、球数が増える傾向があります。なので球数を減らすために2020年シーズン前には、ナックルカーブを習得し、うまく打たせる投球にも挑んでいます。

30歳を迎える年でもあり、奪三振はこれまでより減るかもしれませんが、いざという時には「強い球」で、狙って三振が取れる投手として、これからもチームを支えていくだろうと思います。

 

名言からの学び

・不遇はチャンスでもあり、反骨心は成長の糧となる。

・プロは勝つことが存在証明となる。

・武器はひとつではない。

 

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