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福岡ソフトバンクホークスの歴代投手(エース)一覧まとめ!最強選手や最高年俸ランキングも合わせてチェック!

南海ホークス時代からこれまで多くの投手がマウンドに上がり活躍してきた福岡ソフトバンクホークス。

今回は福岡ソフトバンクホークスの歴代投手をリサーチして、最強の投手(エース)をご紹介します。

時代を彩る名投手たちの輝かしい実績をチェックしていきましょう!!

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福岡ソフトバンクホークスの歴代投手(エース)一覧まとめ!

1950年以降、そのシーズンの主な先発・中継ぎ・抑えの選手を一覧表にしてみました。

まずは先発から見てみましょう。そのシーズンで先発登板があり、最も多く勝ち星を挙げた投手を掲載しています。

福岡ソフトバンクホークスの歴代投手(先発)一覧まとめ!

選手名 背番号 先発登板 防御率 勝利数 投球回 完投数 タイトル
1950 柚木 進 21 28 2.79 19 255 12
1951 江藤 正 10 24 2.28 24 268.2 17 最多勝利
1952 柚木 進 21 17 1.91 19 193 9 最優秀防御率、最高勝率、MVP、ベストナイン
1953 大神 武俊 28 29 2.23 19 261.1 16 最高勝率
1954 宅和 本司 32 31 1.58 26 329.2 15 最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、新人王
1955 宅和 本司 32 23 2.42 24 244.1 13
1956 田沢 芳夫 39 23 1.81 15 199 4
1957 木村 保 11 34 2.46 21 222.2 9 新人王
1958 杉浦 忠 21 34 2.05 27 299 14 新人王
1959 杉浦 忠 21 35 1.40 38 371.1 19 最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率、MVP、ベストナイン、日本シリーズMVP
1960 杉浦 忠 21 29 2.05 31 332.2 22 最多奪三振
1961 杉浦 忠 21 20 2.79 20 241.2 12
1962 皆川 睦雄 22 22 2.49 19 212.1 8 最高勝率
1963 森中 千香良 55 29 2.60 17 217.1 13 最高勝率
1964 スタンカ 6 43 2.40 26 277.2 15 最高勝率、MVP、ベストナイン、日本シリーズMVP
1965 林 俊彦 28 26 2.25 17 192 8 最高勝率
1966 皆川 睦雄 22 31 2.12 18 212 11 最高勝率
1967 皆川 睦雄 22 35 2.29 17 255.2 9
1968 皆川 睦雄 22 38 1.61 31 352.1 27 最多勝利、最優秀防御率、ベストナイン
1969 三浦 清弘 34 29 3.27 12 215 10
1970 佐藤 道郎 14 3 2.05 18 144.2 1 最優秀防御率、新人王
1971 村上 雅則 15 31 4.10 14 234.2 13
1972 江本 孟紀 16 32 3.03 16 237.1 14
1973 山内 新一 20 30 3.30 20 243 14
1974 江本 孟紀 16 33 3.16 13 216.2 9
1975 江本 孟紀 16 27 2.96 11 207 13
松原 明夫 34 21 3.00 11 188.2 11
1976 山内 新一 20 33 2.28 20 253.1 21
1977 藤田 学 26 31 3.28 16 244.1 18
1978 藤田 学 26 29 2.87 16 231.2 20
1979 山内 新一 20 30 4.13 12 193.2 7
1980 山内 新一 20 28 3.78 9 206.2 14
1981 山内 新一 20 30 4.44 14 218.2 12
1982 山内 孝徳 19 30 3.04 13 216 14
1983 山内 和宏 18 33 3.93 18 249.2 16 最多勝利
1984 山内 孝徳 19 31 4.88 16 204.2 13
1985 山内 和宏 18 26 4.86 11 164.2 5
1986 山内 孝徳 19 29 4.47 11 211.1 13
1987 藤本 修二 20 29 3.15 15 217 16
1988 山内 孝徳 19 25 4.20 11 186.1 10
1989 加藤 伸一 17 25 3.67 12 176.2 8
1990 村田 勝喜 15 26 5.79 7 175.2 9
山内 孝徳 19 6 6.11 7 70.2 0
1991 村田 勝喜 15 23 3.54 13 188 15
1992 吉田 豊彦 11 23 3.64 11 165.2 11
1993 村田 勝喜 15 25 3.21 10 196.1 14
1994 吉田 豊彦 11 29 3.78 12 190.2 11
1995 工藤 公康 47 22 3.64 12 163 6
1996 武田 一浩 17 26 3.84 15 171 6
1997 工藤 公康 47 27 3.35 11 161.1 0
1998 武田 一浩 17 28 3.62 13 176.1 4 最多勝利
1999 工藤 公康 47 26 2.38 11 196.1 7 最優秀防御率、最多奪三振、MVP
2000 若田部健一 14 25 4.43 9 168.2 3
永井 智浩 19 26 5.20 9 143.2 3
2001 星野 順治 33 28 4.35 13 175.2 3
田之上慶三郎 64 27 3.77 13 171.2 5 最高勝率
2002 若田部健一 14 20 2.99 13 147.2 7
2003 斉藤 和巳 66 26 2.83 20 194 5 最多勝利、最優秀防御率、最高勝率、沢村賞、ベストナイン
2004 新垣 渚 18 25 3.28 11 192.1 9 最多奪三振
2005 杉内 俊哉 47 26 2.11 18 196.2 8 最多勝利、最優秀防御率、沢村賞、ベストナイン
2006 斉藤 和巳 66 26 1.75 18 201 8 最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率、沢村賞、ベストナイン
2007 杉内 俊哉 47 28 2.46 15 197.2 5
2008 大隣 憲司 28 21 3.12 11 155.2 6
2009 杉内 俊哉 47 26 2.36 15 191 6 最多奪三振、最高勝率
2010 和田 毅 21 26 3.14 17 169.1 1 最多勝利、MVP、ベストナイン
2011 ホールトン 54 26 2.19 19 172.1 3 最多勝利
2012 摂津 正 50 27 1.91 17 193.1 3 最多勝利、最高勝率、沢村賞
2013 摂津 正 50 25 3.05 15 162.1 3
2014 スタンリッジ 55 26 3.30 11 172 2
2015 武田 翔太 30 25 3.17 13 164.2 1
2016 和田 毅 21 24 3.04 15 163 2 最多勝利、最高勝率
2017 東浜 巨 16 24 2.64 16 160 2 最多勝利
2018 千賀 滉大 41 22 3.51 13 141 1
石川 柊太 18 16 3.60 13 127.1 0
2019 千賀 滉大 41 26 2.79 13 180.1 2 最多奪三振、ベストナイン、ゴールデングラブ賞
2020 千賀 滉大 41 18 2.16 11 121 1 最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、ベストナイン、ゴールデングラブ賞
石川 柊太 27 17 2.42 11 111.2 2 最多勝利、最高勝率
2021 千賀 滉大 41 13 2.66 10 84.2 0
2022 千賀 滉大 41 22 1.94 11 144 1
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1950年代

50年代は多くのピッチャーがタイトルを獲得しました。48年に入団していた柚木進投手は50年と52年に19勝を挙げ、52年は最優秀防御率、最高勝率、MVP、ベストナインを受賞しました。51年は江藤正投手最多勝、53年は大神武俊投手最高勝率に輝きました。

54年からの2年は宅和本司投手が2年連続で20勝以上を記録して54年に最多勝と最優秀防御率、新人王を獲得、56年の田沢芳夫投手はタイトルの獲得はありませんでしたが、15勝をマークしました。

57年に21勝を挙げた木村保投手新人王を獲得、58年の杉浦忠投手新人王に輝き、杉浦投手は翌年38勝を記録して投手主要タイトル総なめし、MVP、ベストナイン、日本シリーズMVPも受賞しました。

1960年代

杉浦投手はアンダースローから放たれる浮かぶストレートと変化の大きいカーブを武器に61年までチームの勝ち頭として投手陣を牽引しました。62年に19勝を挙げた皆川睦雄投手は66年から68年までチームトップの勝ち星を記録し、68年は31勝で最多勝と最優秀防御率、ベストナインを獲得しました。

63年は森中千香良投手が17勝、64年はジョー・スタンカ投手が26勝を挙げて最高勝率のタイトルを獲得し、スタンカ投手はMVP、ベストナイン、日本シリーズMVPも受賞しました。

65年に17勝を挙げた林俊彦投手最高勝率を獲得し、南海ホークスの投手陣は毎年のように結果を残しました。最下位に沈んだ69年は三浦清弘投手が12勝でトップでした。

1970年代

70年に日本大学から入団した佐藤道郎投手はリリーフでの起用がメインでしたが、18勝を挙げて最優秀防御率と新人王を獲得しました。71年はメジャーリーグ挑戦から66年に復帰していた村上雅則投手が14勝、72年は東映からトレードで加入した江本孟紀投手が16勝を挙げてチームトップ、江本投手はローテーションの中心を担い74年と75年もチームトップの勝ち星を記録しました。

73年に20勝をマークした山内新一投手、75年に江本投手と並びチームトップの勝利数を記録した松原明夫投手はともに巨人から73年にトレードで加入しており、移籍組の活躍が目立った70年代前半でした。

山内新一投手は76年にも20勝を挙げ、75年のドラフト会議で1位指名を受けて入団した藤田学投手も1年目から結果を残し、プロ2年目の77年と3年目の78年に16勝をマークしました。

1980年代

80年代は3人の「山内投手」がチームを牽引しました。80年と81年は山内新一投手、82年にチームの勝ち頭となったのは2年目の山内孝徳投手で、13勝を挙げる活躍を見せました。翌年は80年のドラフト1位で入団した山内和宏投手が18勝をマークして最多勝を獲得、以降は山内孝徳投手と山内和宏投手が86年まで交互にチーム最多勝を記録しました。

87年は藤本修二投手が15勝、88年は山内孝徳投手が11勝、ダイエーホークスにチーム名が変更になった89年はプロ6年目の加藤伸一投手が自己最多となる12勝を挙げました。

1990年代

断トツの最下位に沈み、チーム全体で41勝しか挙げられなかった90年は村田勝喜投手と山内孝徳投手が9勝でトップ、翌年は村田投手が初めて2桁勝利をマークし、93年もチームトップの10勝を記録しましたが、同年オフに西武へトレードとなりました。

同時期に先発ローテーションの一員として活躍したのはサウスポーの吉田豊彦投手で、チェンジアップを武器に92年に11勝、94年に12勝を記録しました。

王貞治監督が就任した95年は80年代の西武黄金時代にエースとして活躍した工藤公康投手がFAで加入し、故障離脱がありながらも12勝を記録、96年は日本ハムからトレードで入団したサイドスロー気味のフォームで投げ込む武田一浩投手が自己最多となる15勝を挙げる活躍を見せました。

工藤投手と武田投手は左右の両輪として90年代後半のホークス投手陣を牽引し、武田投手は98年に最多勝、武田投手がFAで中日へ去った99年は工藤投手が最優秀防御率と最多奪三振のタイトルを獲得し、福岡移転後初のリーグ優勝に貢献してMVPを受賞しました。

2000年代

工藤投手は99年オフにFAで巨人に移籍し、リーグ2連覇を果たした00年は前年に10勝を挙げていた若田部健一投手と同じく10勝を記録していたプロ3年目の永井智浩投手がチームを牽引しました。翌01年は星野順治投手田之上慶三郎投手が13勝をマーク、田之上投手はプロ12年目で初タイトルとなる最高勝率に輝きました。

02年は若田部投手が13勝を挙げますが同年オフにFAで横浜へ移籍、03年に20勝を記録して最多勝や沢村賞を獲得したのはそれまで6年間で9勝だった斉藤和巳投手でした。150キロを超えるストレートと多彩な変化球でエースの働きを見せ、03年以降は06年まで2桁勝利を記録、06年は投手四冠に加えて2回目となる沢村賞を受賞しました。

同時期にエース級の活躍を見せていたのは松坂世代の新垣渚投手杉内俊哉投手で、新垣投手は04年に最多奪三振、杉内投手は05年に最多勝、最優秀防御率、沢村賞、ベストナインを獲得しました。

斉藤投手が右肩の不調で戦線離脱した07年は杉内投手が15勝を記録して投手陣を牽引、08年はプロ2年目のサウスポー・大隣憲司投手が11勝を挙げる活躍を見せました。

杉内投手は09年に最多奪三振と最高勝率のタイトルを獲得し、春先に行われたWBCでも圧巻の投球を見せており、充実したシーズンになりました。

2010年代

10年からは3年連続で最多勝投手が誕生し、10年は松坂世代の1人である和田毅投手が17勝、11年はD.Jホールトン投手が来日4年目で自己最高となる19勝、12年は最優秀中継ぎの受賞経験があり先発転向2年目の摂津正投手が17勝を挙げました。和田投手はMVPとベストナイン、摂津投手は最高勝率と沢村賞も受賞しました。

摂津投手は翌13年も15勝を挙げる活躍を見せ、14年は阪神から復帰したジェイソン・スタンリッジ投手がチーム最多勝でした。高卒4年目の武田翔太投手は15年にプロ1年目でマークした8勝を大きく超える13勝を記録、16年は2年間のメジャーリーグ挑戦を経てこの年復帰した和田投手が15勝で2回目となる最多勝を獲得し、チームを牽引しました。

17年に飛躍を遂げたのは12年のドラフト1位だった東浜巨投手でした。プロ入り後はプロの壁に苦しみ思うような成績は残せていませんでしたが、16年に9勝を記録すると17年は16勝を挙げ、最多勝に輝きました。

翌年からは育成出身の千賀滉大投手と同じく育成出身の石川柊太投手が先発ローテーションの中心を担うようになり、千賀投手は「お化けフォーク」と称される落差の大きいフォークボール、石川投手は大きく曲がるパワーカーブを駆使して相手打者を抑え、20年はともに11勝を記録して最多勝を同時受賞しました。この受賞は育成出身ピッチャーとして初であり、一芸に秀でた選手を発掘し、鍛え上げる「育成のホークス」を強く印象付ける出来事でした。

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福岡ソフトバンクホークスの歴代投手(中継ぎ)一覧まとめ!

続いて中継ぎ投手の一覧です。最優秀中継ぎのタイトルが創設された1996年からの表になります。05年にホールドポイント(ホールド+救援勝利)が導入されるまでは登板数が一番多い投手を掲載しています。

選手名 背番号 登板数(リリーフ) 防御率 勝利数 ホールドポイント タイトル
1996 西村 基史 59 29 2.93 0 -
1997 佐久本昌広 37 49 2.26 8 -
吉田 修司 49 49 3.40 4 -
1998 吉田 修司 49 63 2.10 3 - 最多ホールド
1999 篠原 貴行 16 60 1.25 14 - 最高勝率
2000 吉田 修司 49 69 3.01 9 -
2001 吉田 修司 49 68 3.27 3 - 最多ホールド
2002 吉田 修司 49 62 3.13 7 -
2003 岡本 克道 45 54 4.05 2 -
2004 佐藤 誠 31 40 3.74 2 -
松 修康 12 40 4.82 0
2005 吉武真太郎 34 61 3.12 2 34
2006 藤岡 好明 40 62 2.60 5 31
2007 水田 章雄 44 39 2.25 5 20
2008 久米 勇紀 39 40 3.25 4 19
2009 摂津 正 50 70 1.47 5 39 最優秀中継ぎ、新人王
2010 ファルケンボーグ 25 60 1.02 3 42 最優秀中継ぎ
2011 森福 允彦 19 60 1.13 4 38
2012 岡島 秀樹 62 56 0.94 0 24
2013 千賀 滉大 41 51 2.40 1 18
森福 允彦 19 56 2.58 3 18
2014 五十嵐亮太 53 63 1.52 1 46
2015 五十嵐亮太 53 54 1.38 3 34
2016 スアレス 90 58 3.19 2 30
2017 岩嵜 翔 17 72 1.99 6 46 最優秀中継ぎ
2018 加治屋 蓮 14 72 3.38 4 35
2019 モイネロ 35 60 1.52 3 38
2020 モイネロ 35 50 1.69 2 40 最優秀中継ぎ
2021 嘉弥真新也 57 58 4.71 1 20
2022 嘉弥真新也 57 56 0.99 0 28
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1990年代

90年代はサウスポーの活躍が目立ち、96年は前年に日本ハムからトレードで加入していた西村基史投手が主にワンポイントリリーフで登板を重ね、翌年は2年目の佐久本昌広投手と9年目の吉田修司投手がどちらも自己最多となる49試合に登板しました。

吉田投手は翌年には63試合に登板して最多ホールドのタイトルを獲得、99年はその吉田投手とともに2年目の篠原貴行投手がプルペンを支え、中継ぎながら14連勝をマークして最高勝率に輝きました。

2000年代

吉田投手は98年から6年連続で50試合以上の登板を記録し、01年には2回目の最多ホールドに輝きました。03年は90年代後半に抑えも務めた岡本克道投手が54登板、04年はシュートを武器に前年から一軍での登板機会が増えた佐藤誠投手と98年のドラフト2位だった松修康投手が40試合に登板しましたが、松投手は翌年登板ゼロに終わり、現役を引退しました。

ホールドポイントが導入された05年は吉武真太郎投手がキャリアハイとなる61登板で34ホールドポイントを記録し、翌年06年はルーキーの藤岡好明投手、07年は大卒社会人出身で一軍では結果が残せていなかった9年目の水田章雄投手、08年はルーキーだった久米勇紀投手といった経験の浅い投手の活躍が光りました。

09年はJR東日本東北からドラフト5位で入団した摂津正投手がルーキーながら安定した投球を披露し、新人歴代2位となる70試合登板を果たして39ホールドポイントを記録、最優秀中継ぎと新人王を獲得しました。

2010年代

摂津投手と抑えの馬原孝浩投手と強力リリーフ陣を形成していたブライアン・ファルケンボーグ投手は160キロに迫る剛速球で相手打者を打ち取り、10年に最優秀中継ぎを受賞しました。ファルケンボーグ投手が抑えに回った11年は変則サウスポーの森福允彦投手が防御率1.13をマーク、13年もピンチに強い投球を披露して中継ぎ陣を支えました。

12年はメジャーリーグから日本球界に復帰した岡島秀樹投手が開幕から26試合連続無失点を記録する等活躍し、13年は森福投手とともに千賀滉大投手がセットアッパーとして起用されました。

千賀投手が右肩痛に悩まれた14年は前年にメジャーリーグから日本球界に復帰して抑えを務めていた五十嵐亮太投手がセットアッパーに回り、デニス・サファテ投手に繋ぐ重要なポジションで実力を見せつけました。五十嵐投手が怪我により登板が少なくなっていくとベネズエラ出身のロベルト・スアレス投手岩嵜翔投手加治屋蓮投手といった若手投手がプルペン陣を支え、岩嵜投手は17年に最優秀中継ぎを獲得しました。

17年5月に育成として入団したキューバ出身のリバン・モイネロ投手は6月には支配下登録をされ、速球と大きく変化するカーブやスライダーを武器に一軍の舞台で好投しました。20年には40ホールドポイントで最優秀中継ぎを獲得し、そのモイネロ投手と同じサウスポーでサイドスローの嘉弥真新也投手も毎年安定した成績を残しており、22年は防御率0.99と圧巻の投球を披露しました。

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福岡ソフトバンクホークスの歴代投手(抑え)一覧まとめ!

ここではその年一番多くセーブを記録した投手を掲載しています。

74年からセーブがプロ野球に導入されましたが、導入当初は最終回だけ投げる投手は少なく、ロングリリーフをして結果的にセーブがついているケースが多くありました。また、先発の合間にリリーフをこなす選手もおり、そのため登板数に比べて投球回数が多い選手が多くいました。

選手名 背番号 登板数(リリーフ) 防御率 勝利数 セーブ数 タイトル
1974 佐藤 道郎 14 68 1.91 7 13 最優秀防御率、最優秀救援
1975 佐藤 道郎 14 35 2.50 9 6
1976 佐藤 道郎 14 50 2.25 9 16 最優秀救援
1977 江夏 豊 17 38 2.90 4 19 最優秀救援
1978 村上 之宏 18 29 3.61 5 3 新人王
金城 基泰 21 19 4.15 0 3
1979 金城 基泰 21 53 3.29 4 16 最優秀救援
1980 金城 基泰 21 31 3.65 6 13 最優秀救援
1981 水谷 茂雄 31 45 5.00 2 10
1982 金城 基泰 21 57 2.64 6 21
1983 金城 基泰 21 40 3.67 4 15
1984 金城 基泰 21 20 3.86 0 8
1985 矢野 実 24 40 4.37 2 7
1986 井上 祐二 12 26 4.39 4 11
1987 井上 祐二 12 46 3.24 6 14
1988 井上 祐二 12 51 2.35 8 20
1989 井上 祐二 12 57 3.30 6 21 最優秀救援
1990 ゴセージ 54 28 4.40 2 8
1991 池田 親興 21 35 3.66 6 13
1992 池田 親興 21 33 4.10 8 14
1993 木村 恵二 20 26 3.31 6 6
1994 シグペン 47 33 1.93 2 12
1995 木村 恵二 20 55 3.20 7 21
1996 ホセ 32 34 3.13 6 16
1997 岡本 克道 45 52 3.19 3 19
1998 岡本 克道 45 42 2.54 1 21
1999 ペドラザ 50 51 2.15 3 27
2000 ペドラザ 50 51 2.15 3 35 最優秀救援
2001 ペドラザ 50 54 3.65 4 34 最優秀救援
2002 ペドラザ 50 34 3.30 1 30
2003 スクルメタ 36 18 3.86 1 11
2004 三瀬 幸司 57 55 3.06 4 28 最優秀救援、新人王
2005 馬原 孝浩 14 36 3.08 6 22
2006 馬原 孝浩 14 51 1.65 0 29
2007 馬原 孝浩 14 54 1.47 2 38 最多セーブ
2008 馬原 孝浩 14 21 2.79 2 11
2009 馬原 孝浩 14 53 2.16 4 29
2010 馬原 孝浩 14 53 1.63 5 32
2011 ファルケンボーグ 25 53 1.42 1 19
2012 森福 允彦 19 65 1.39 2 17
2013 五十嵐亮太 53 51 2.53 3 12
2014 サファテ 58 64 1.05 7 37
2015 サファテ 58 65 1.11 5 41 最多セーブ
2016 サファテ 58 64 1.88 0 43 最多セーブ
2017 サファテ 58 66 1.09 2 54 最多セーブ、MVP
2018 森 唯斗 38 66 2.79 2 37 最多セーブ
2019 森 唯斗 38 54 2.21 2 35
2020 森 唯斗 38 52 2.28 1 32
2021 森 唯斗 38 30 4.03 1 15
2022 モイネロ 35 53 1.03 1 24
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1970年代

福岡ソフトバンクホークスではリリーフ専門投手の活躍が目立ち、74年から3年間チームトップのセーブ数を記録した佐藤道郎投手は先発での登板が毎年3試合以下でした。74年に最優秀防御率と最優秀救援、76年にも最優秀救援を獲得する等、リーグ屈指のリリーフ投手でした。

77年に最優秀救援を受賞した江夏豊投手も先発登板は3試合のみ、78年の村上之宏投手は先発登板が11試合ありましたが、村上投手と並んでチームトップのセーブ数を記録した金城基泰投手リリーフのみでの登板であり、金城投手は翌年もリリーフだけで53試合に登板して19セーブを挙げて最優秀救援のタイトルを獲得しました。

1980年代

金城投手は23試合の登板で7セーブに終わった81年を除き、84年まで主に守護神を務めて80年には2年連続となる最優秀救援に輝きました。81年はプロ2年目の水谷茂雄投手がリリーフエースに抜擢され、金城投手が巨人に移籍した85年は矢野実投手がトップのセーブ数を記録しました。

86年から大事な場面で起用されたのは先発ローテーションを務めた経験のあった井上祐二投手で、88年に20セーブを記録すると翌年は21セーブを挙げて最優秀救援を獲得しました。

1990年代

90年は井上投手が先発に戻り、メジャーリーグで抑えを務めて通算307セーブをマークしていたリッチ・ゴセージ投手が加入しますが8セーブに終わり、翌年からの2年間は阪神からトレードで入団した池田親興投手が2年続けて2桁セーブをマークしました。

93年からは守護神が固定できず、木村恵二投手やメジャーリーグ経験豊富なボビー・シグペン投手、台湾球界で活躍していたホセ・ヌーニョス投手が起用されましたが、怪我や不調で2年以上続けて守護神を任せられることはありませんでした。

97年はドラフト5位で入団したルーキーの岡本克道投手が抜擢され、97年に19セーブ、98年に21セーブを挙げました。その岡本投手は99年に右肩痛に襲われ1試合のみの登板に終わり、この年来日したロドニー・ペドラザ投手が最終回のマウンドに上がり、いきなり27セーブを記録する活躍を見せました。

2000年代

ペドラザ投手は00年に35セーブを記録して最優秀救援のタイトルを獲得、チームのリーグ優勝に大きく貢献しました。翌年も最優秀救援に輝き、02年には通算100セーブを記録する等守護神として君臨しましたが、同年限りで退団しました。

ペドラザ投手に代わる守護神として期待されたマット・スクルメタ投手は、03年に11セーブを記録しましたが、年間通しての活躍はできずに1年で退団、翌04年は28歳のオールドルーキー・三瀬幸司投手が抑えを任され、28セーブを記録して最優秀救援と新人王を獲得しました。

05年はシーズン途中で中継ぎに回り、代わって抑えを務めたのは2年目の馬原孝浩投手でした。開幕三戦目に完投勝利を記録し、先発としての活躍は期待されていましたが、以降は不調に陥り、二軍での調整を経てリリーフとして一軍に昇格すると速球とフォークを駆使し、22セーブをマークしました。07年には38セーブで最多セーブのタイトルを獲得し、00年代後半のホークスリリーフ陣を牽引しました。

2010年代

馬原投手は10年に日本人最速で通算150セーブに到達しましたが、11年に不調と怪我で離脱を繰り返し、代わりを前年に最優秀中継ぎを獲得していたブライアン・ファルケンボーグ投手が務めました。

12年は中継ぎとして実績を積んでいた森福允彦投手、13年はメジャーリーグから日本球界に復帰した五十嵐亮太投手が主に起用されました。

14年からは後に大記録を打ち立てることになるデニス・サファテ投手が務め、広島や西武で活躍した実績以上の成績を収め、15年に41セーブ、16年に43セーブをマークすると17年はプロ野球記録を塗り替えるシーズン54セーブを記録、この年は3年連続の最多セーブに加えてリリーフ投手としては史上5人目となるMVPを獲得しました。

18年4月にサファテ投手が怪我により離脱すると代役を任されたのは中継ぎとして登板を重ねていた森唯斗投手で、この年にプロ5年目で自身初タイトルとなる最多セーブを受賞、20年まで3年連続で30セーブ以上をマークしました。

しかし、プロ1年目から50試合以上に登板してきており、勤続疲労や負傷もありリリーフ失敗が目立つようになり、22年はリバン・モイネロ投手が中継ぎから回りました。

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【福岡ソフトバンクホークス】歴代投手の年俸ランキング!歴代最高年俸は千賀滉大投手の6億円!

ここでは福岡ソフトバンクホークス歴代投手を年俸で順位付けしてみました。なお、年俸と成績は先発・中継ぎ・抑えとしてチームトップの成績を残したシーズンの数字を記載しています。

先発投手の年俸が高くなる傾向がありますが、福岡ソフトバンクホークスのトップ5にはリリーフ投手が3人ランクインしました。

順位 年度 選手名 年俸 防御率 勝利数 登板数
1 2022 千賀 滉大 6億0000万円 1.94 11 22
2 2016 D.サファテ 5億0000万円 1.88 0 64
3 2020 森 唯斗 4億6000万円 2.28 1 52
3 2016 和田 毅 4億0000万円 3.04 15 24
5 2022 L.モイネロ 3億0000万円 1.03 1 53

 

1位は「お化けフォーク」を操り、18年から5年連続でチームトップの勝利数を記録している千賀滉大投手で、22年の6億円が歴代最高年俸となりました。育成出身ながら6億円プレイヤーまで上り詰めた絶対的エースは、22年も11勝を挙げる活躍を見せました。

2位は16年のデニス・サファテ投手5億円です。移籍1年目の14年から守護神を務め、15年に41セーブで最多セーブに輝くと年俸は一気に4億円上がり、16年も43セーブを記録して2年続けて最多セーブを獲得しました。

3位はサファテ投手に代わり18年から抑えを任された森唯斗投手。プロ1年目の14年から中継ぎとして50試合以上の登板を続け、18年に怪我で離脱したサファテ投手に代わって守護神に抜擢されました。いきなり最多セーブを獲得し、19年も安定した成績を残すと複数年契約を結び年俸は4億6000万円になりました。

4位はメジャーリーグから復帰した16年に4億円でプレーした和田毅投手で、復帰1年目から先発の柱としてチームを牽引し、15勝を挙げる活躍を見せて自身2回目となる最多勝に輝きました。

5位にランクインしたのはキューバ出身で中継ぎ・抑えで活躍しているリバン・モイネロ投手。17年に育成で入団し、同年支配下登録されると中継ぎで活躍、20年には最優秀中継ぎのタイトルを獲得しました。22年から年俸3億円の複数年契約を結び、この年は抑えを任されて24セーブを記録しました。

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私が思う最強の福岡ソフトバンクホークスの歴代投手は千賀滉大投手!

球史に名を残す名投手が多く誕生した福岡ソフトバンクホークスの投手で、歴代最強の投手は育成からエースまで上り詰めた千賀滉大投手だと考えます。

ここで、千賀滉大投手のプロフィールを確認していきましょう。

職業:プロ野球選手
生年月日:1993年1月30日
身長:186cm
出身:愛知県
最終学歴:蒲郡高校
血液型:A型

1993年(平成5年)1月30日生まれ、愛知県蒲郡市出身。2010年の育成ドラフト会議で4位指名を受けて、福岡ソフトバンクホークスに入団、プロ2年目の12年4月に支配下登録を勝ち取りました。

12年は2試合の登板に終わりましたが、13年は中継ぎとして51試合に登板、先発での起用がメインになったのは15年からでした。勝ち星は16年に前年の2勝から大きく伸ばして12勝を記録、以降は22年まで7年連続で2桁勝利を記録しました。

プロ通算12年で224試合に登板し、防御率2.59、87勝、1253奪三振を記録しており、育成出身投手としては初となる最多勝と最優秀防御率を20年に、最多奪三振を19年に、最高勝率を17年に獲得し、19年には令和初であり、育成出身投手としても初となるノーヒットノーランを達成しました。

高校時代は無名でしたが、入団後にトレーニングを積んで頭角を現し、最速164キロのストレートと大きく落ちる「お化けフォーク」を投げて相手打者を打ち取り、数々のタイトルを獲得した千賀投手。WBCやオリンピックといった国際舞台でも好投を見せ、育成からホークス、日本のエースまで上り詰めた千賀投手が福岡ソフトバンクホークス史上歴代最強エースではないでしょうか。

福岡ソフトバンクホークスの歴代投手に関する豆知識

プロ野球に94人が入った「松坂世代」。ホークスでもその松坂世代の投手3人が投手陣を引っ張りました。

和田毅投手は浜田高校3年時に甲子園に出場し、ベスト8に進出。早稲田大学を経て02年のドラフト会議で自由獲得枠選手として入団しました。1年目から先発ローテーションの一角を担い、10年と16年に最多勝を獲得し、松坂世代最後の現役選手として23年シーズンもホークスのユニフォームを着ます。

新垣渚投手も沖縄水産高校3年時に春夏連続で甲子園に出場し、九州共立大学に進学、和田投手と同じく02年のドラフト会議で自由獲得枠選手として高校時代から熱望していたホークス入りを果たしました。1年目から先発ローテーションに入り、2年目の04年には最多奪三振のタイトルを獲得し、最速155キロの直球と大きく落ちるフォークを武器に活躍しました。

その2人より1年早くホークスに入団した杉内俊哉投手は鹿児島実業高校3年時に甲子園に出場、1回戦でノーヒットノーランを記録しました。高校卒業後は三菱重工長崎へ進み、01年のドラフト会議で3位指名を受けました。プロ4年目の05年に最多勝、最優秀防御率、沢村賞、MVPを受賞し、11年オフにFAで巨人に移籍するまでの10年間で6回の2桁勝利を記録し、同学年の3人が同一チームで同時期に活躍しました。

まとめ

・福岡ソフトバンクホークスの先発投手は杉浦忠投手や皆川睦雄投手、千賀滉大投手が多くのシーズンでチームの勝ち頭だった。

・中継ぎでは吉田修司投手や摂津正投手らがタイトルを獲得し、抑えではペドラザ投手やサファテ投手がタイトルを獲得する活躍を見せた。

・歴代で一番年俸が高かったのは、22年シーズンの千賀投手の6億円。

・千賀投手は育成からエースまで上り詰め、育成出身投手として初めてとなる投手タイトルを獲得、19年にはノーヒットノーランを達成した福岡ソフトバンクホークス歴代最強の投手である。

 

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