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バッテイングピッチャー(打撃投手)の年収・年俸は?その後の現役復帰はあるの?【プロ野球】


プロ野球の練習に欠かせないスタッフの一人に、バッテイングピッチャーがいます。

バッテイングピッチャーは、誰でもできるのかというとそうではありません。コントロールが良くバッターの要望や意見を聞いて投げれる実力のある人しか出来ません。

そんなプロ野球に欠かせない、影の存在であるバッテイングピッチャーはどんな人がいて、年収・年俸は幾らぐらいもらっているのでしょうか?

気になる年俸・年収や実際に活躍したバッテイングピッチャーをご紹介したいと思います。

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バッティングピッチャーとは?その後に現役復帰した選手はいるの?

「バッテイングピッチャー」という名前は聞いた事はありますが、具体的にどんなピッチャーのことを言うのでしょうか?

バッテイングピッチャーとは,、試合前のバッテイング練習に参加するピッチャーのことです。

別名「打撃投手」とも言ったりしますね。

シーズン中は30分で120球から150球程投げるんだそうです。とても過酷ですね。

バッテイングピッチャーはスタッフなので、選手よりも早く球場入りしウォーミングアップをします。
試合前に必ず投げるので、いつでも投げられる状態にしておきます。試合以外でも選手の要望で投げることもあるので、シーズン中はほとんど休みがありません。

バッテイングピッチャーは、1球団に10人ほどいると言われています。
ピッチング距離ですが、通常のマウンドより近い距離で投げるため、危険と常に隣り合わせの仕事になります。過去に球が当たる事故も発生しています。

どんな方がバッテイングピッチャーになるかというと、元プロ野球投手で現役引退された方や戦力外通告を受けた方が多いそうです。

しかし一度引退してもその後、打撃投手としていい仕事をすれば、運が良ければまた選手として復帰できる人もいるんです。

では、どんな方がバッテイングピッチャーから現役復帰されたのでしょうか。まとめてみました!

元ヤクルトの相沢賢持さん

相沢さんはヤクルトで一度引退し、バッテイングピッチャーをしていましたが、1984年に復帰して一軍で投げた経歴の持ち主です。

33歳で初登板しその年は22試合、翌年も23試合登板しました。
ストレートのほか5球種の変化球を投げ分ける投手でした。

打撃投手としての実力を認められ、一軍復帰する事が出来た凄いピッチャーの1人です。

元大洋の中山裕章さん

中山さんは大洋を不祥事で退団しましたが、ファンの復帰嘆願署名もあって、1993年に中日のバッテイングピッチャーに再雇用されました。

翌年1軍復帰し、8年に渡り中継ぎ投手として活躍されました。

ファンからの熱い思いで復帰できた珍しいタイプのピッチャーです。

元南海・広島の西清考さん

西さんは1993年に戦力外になり、横浜ベイスターズにバッテイングピッチャーとして入団しました。

現役復帰後1軍へ昇格し、中継ぎ投手として4年間活躍されました。
戦力外になってからも野球への気持ちを切らさず、努力した結果掴んだチャンスだったのですね。

 

実際にバッテイングピッチャーから現役復帰した方がいることがわかりました。
次にバッテイングピッチャーの年収・年俸は一体どれくらいなのか確認していきましょう。

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バッティングピッチャーの年収・年俸は?

年収・年俸は球団にもよりますが、500万〜800万が相場だと言われています。待遇は良い方ですね。

専属で選手についたり、他の仕事もすると1000万ほどもらえる人もいるようです。

各球団に10名ほどいて、身体のメンテナンスをきちんとしていれば、50〜60歳まで続ける方もいるというのです。将来安定した仕事とも言えます。

(参考)打撃投手の年俸500~800万円 チーム最大貢献なら1000万円も

 

そんなプロ野球引退後、打撃投手になった方はどんな人がいるのでしょうか?

最後にバッテイングピッチャーを代表して3人ご紹介したいと思います。先ほどの3名とはまた異なるさまざまな経験を持つ3人の打撃投手をご紹介したいと思います。

 

引退後にバッティングピッチャーになった選手について

最後に、引退後バッテイングピッチャーになった方を見ていきましょう。

元巨人・横浜の入来祐作さん

巨人にドラフト1位で入団し、2001年に13勝を上げるなど現役時代活躍していた選手です。

入来さんは選手時代から血行障害の後遺症に苦しんでいました。その後戦力外通告を受け、打撃投手に転向しました。打撃投手の頃も痛みと戦いながら無理をして投げていたので、心の病になりストライクが入らなくなってしまったそうです。

それほどまで追い込まれてしまうほど、過酷な仕事だったんですね。
その後は用具係などの雑用を行い、別のチームの投手コーチまで務めました

(参考)あまり知られていない「打撃投手」の過酷さ

元西武・ソフトバンクの帆足和幸さん

帆足さんは西武時代、松坂大輔投手や涌井秀章投手とともに「左のエース」として、通算90勝をあげたエースでした。

その後ソフトバンクへ移籍し、4年間活躍して2015年に現役引退されました。そしてそのままソフトバンクに残り、打撃投手となりました。

エースとしてバッテイングピッチャーをするのに、抵抗があるように思うのですが、本人に迷いはなかったといいます。

打撃投手は今まで抑えるつもりで投げてきたのを、今度は打たれるのが仕事に変化するので、心が強くないとやっていけないなぁと感じます。
帆足さんはスタッフとして、プロ野球を支える重要な仕事をしているんですね。

元阪神の高田周平さん

2009年育成ドラフト1位で阪神に入団しましたが、2011年に退団しその後阪神の打撃投手になりました。

2018年3月の侍ジャパンのバッテイングピッチャーに選出され、JAPANのユニホームを着て裏方として活躍されました。
日本代表のバッテイングピッチャーになることができるなんてとても素晴らしいことですね。

(参考)初侍ジャパン阪神高田打撃投手、筒香の対応に驚き

 

バッテイングピッチャーは、打者一人一人の特徴やコンディションを考え、相手が求める球を考えながら投げる、とても難しく、そしてとても素晴らしいお仕事ですね。

 

まとめ

・バッテイングピッチャーとは、打撃投手という元プロの投手のことで、試合前のバッテイング練習に参加するピッチャーです。

・バッテイングピッチャーから現役復帰された方もいます。

・年俸は球団にもよるが、500万〜800万が相場でとても待遇が良い仕事です。

・引退後にバッティングピッチャーになった選手には「元巨人・横浜の入来祐作さん」「元西武 ソフトバンク 帆足和幸さん」「元阪神 高田周平さん。などがいます。

 

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