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高橋慶彦の凄さがわかる名言・語録集!機動力野球の申し子の伝説エピソードから努力論まで


右投手の時は左打席、左投手の時は右打席と、両打席で快打を飛ばすスイッチヒッター。

野球少年なら一度は試そうとしたことがあると思います。しかし当然、練習は他の打者の倍以上は必要ですし、成功するのが難しい技術と言えます。その難しいスイッチヒッターとして、日本で初めてシーズン3割を打ち、33試合連続安打という日本記録を残したのが高橋慶彦です。

俊足で3度も盗塁王に輝いたその機動力は、チームのリードオフマンとして生かされ、広島カープ黄金期の主役のひとりとして活躍しました。小説家の村上龍が「広島カープの高橋慶彦選手は、ファーストベースにヘッドスライディングしてもそれが様になる日本でも珍しいプロ野球選手である」と、彼を題材にした短編集「走れ!タカハシ」のあとがきに書いています。

なかなかの二枚目で、いろいろなスキャンダルを提供する一面もありましたが、とにかく練習を怠らないことで知られていました。また監督やコーチ、先輩などにもはっきりとモノを言う性格でも有名で、幾度かトラブルもありましたが、引退後はコーチとして、メジャーリーガーでも活躍した同じスイッチヒッターの西岡剛を育てるなどの手腕を見せました。

今回はスイッチヒッターの存在意義と、盗塁の効果を世に知らしめた機動力野球の申し子である高橋慶彦の凄さがわかる名言や語録を紐解き、伝説エピソードから努力論にまで迫ります。

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高橋慶彦氏に関するプロフィール

まずは高橋慶彦の経歴を追ってみます。

1957年3月13日生まれ、北海道芦別市出身。城西高校のエースとして甲子園にも出場しますが、広島カープのスカウトが走塁を評価。1974年のドラフト3位で指名し、入団しました。

その走力を生かすために古葉竹識監督は、遊撃手でスイッチヒッターとして育てることを決め、猛練習を重ねて1978年にはレギュラーを獲得します。

1979年には33試合連続安打という日本記録を打ち立て、盗塁王にも輝き、チームはセリーグ制覇。日本シリーズでは有名な「江夏の21球」の末、悲願の初日本一となり、高橋は日本シリーズMVPとなります。

リードオフマンとして翌年の1980年、1984年にも日本一に導く活躍をし、カープ在籍14年間で4度のリーグ制覇、3度の日本一に貢献。まさにカープ黄金期を支えました。しかし遠慮をしない言動から、球団との関係が悪化し、1989年オフにロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)に移籍。更に1990年オフに阪神タイガースへと移りますが、1年限りで引退。

現役通算17年間で、1826安打、盗塁477、本塁打163本、打率.280、盗塁王3回、ベストナイン5回、初回先頭打者本塁打34本は歴代3位、シーズン20本塁打以上70盗塁以上を2度も記録しています。

引退後は福岡ダイエーホークス(現福岡ソフトバンクホークス)、千葉ロッテマリーンズ、オリックスバファローズのコーチを歴任しています。

 

私が選ぶ、高橋慶彦の凄さがわかる名言・語録

【名言・語録その1】

「バットはどこに行くにも忘れるな。バットを振らなければ上手になれない」

とにかくよく練習したことで知られる高橋ですが、カープでは当時「カラスが鳴かない日はあっても、慶彦がバットを1000回振らない日はない」と言われたそうです。

独身時代に彼女の住むマンションに行くため、夜中に宿舎を抜け出すこともあったそうですが、その時も必ずバットは持って行くため、当時監督だった古葉も「バットを持って出かける健気さがいい」と見逃してやったというエピソードがあります。

もちろん持って行くだけではなく、ちゃんとスイングも欠かさなかったというのですから、その体力と野球に対する真面目さには驚かされます。

マリーンズのコーチ時代にも努力の大切さを説き、キャンプで「この時期に倒れるくらいやらないとレギュラーなんてなれない」との信念から「今の若い選手は一番成長する時期に休む」と言って西岡剛や角中勝也らを厳しく育てました。

それは単なる根性論ではなく、すべての基本はまず繰り返しの練習にあると教えてくれる言葉です。

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【名言・語録その2】

「自分が納得いくまでやったことは、絶対に無駄なことはないからね」

練習の虫だったからこそ言える言葉です。その努力を続けるモチベーションについては「野球がしたかったから。それだけ」と語っています。

 

「ベンチにいて見ているだけだったら、それは野球じゃないから、頑張ってレギュラーにならないと、野球ができないでしょ?」

そこにはただ野球好きの男の子、といった顔がのぞきます。好きだからこそ努力する、そのシンプルな形をやり続けた結果、スター選手に上りつめたのです。

このところ泥臭い努力を格好悪いとする風潮もありますが、好きこそものの上手なれ、という言葉もある通り、好きであるなら惜しまず努力する、という姿勢は素晴らしいことだと思います。

【名言・語録その3】

「自分たちの役割が決まっていたから、状況によって今、自分のすべきことを迷わずにすることができるんだよね」

黄金時代のカープのチーム状況について、高橋はそう語っています。決して仲良し集団という感じではなく、結束力があったわけでもなかったそうですが、選手たちはプロフェッショナルらしく自分のすべきことをしっかりとこなしていたということです。

高橋が考えていたのは「相手にラクをさせない走塁」です。

コーチ時代の言葉ですが

「アウトになるなよ、というのは、要するに走るなよということと一緒。それよりも牽制で会うとになってもいいよといってあげて、大きなリードを取らせたり、いいスタートを切らせるほうが大事だから」

と話しています。

それによりマリーンズの走塁がアグレッシブになり、まさに「相手にラクをさせない」いやらしいチームというイメージを作り上げました。今もマリーンズの選手たちには、その精神がまだ残っている気がします。

 

名言からの学び

・物事を成す基本は練習にある。

・好きこそものの上手なれ、というのはひとつの努力の形である。

・各々の成すべき役割を知るのがプロフェッショナルである。

 

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