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【野球名言】菅野智之の凄さが分かる名言・語録集②天才ノーヒッターの伝説エピソードから努力論まで


2020年は記念すべき東京オリンピックが開催されます。これが最後になるかもしれない野球競技ですが、日本は是非とも1984年ロサンジェルス大会以来の金メダルを獲得したいところです。

強力な投手力が武器の日本ですが、チームのエースとなるのはお化けフォークの千賀滉大や、5年連続奪三振王の則本昂大もいますが、やはりポストシーズン初のノーヒットノーランを記録した菅野智之が最右翼です。

母方の祖父が高校野球の名将原貢、伯父が読売ジャイアンツの若大将こと原辰徳という血筋に生まれた菅野。投手として最高の栄誉といわれる沢村賞を2度受賞し、高い制球力だけでなく、抜群のフィールディングでゴールデングラブ賞にも3度輝くなど、完成度の高い投手として活躍しています。

大学時代から数々の国際大会でも、日本代表のエースとして召集され、結果を残してきた菅野だけに、2020年の東京オリンピックでもチームを金メダルに導く快投が期待されています。

今回は天才ノーヒッター菅野智之の凄さが分かる名言や語録を紐解き、伝説エピソードから努力論にまで迫ります。

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菅野智之について

まずは菅野智之の経歴を追ってみます。

1989年10月11日生まれ、神奈川県相模原市出身。かつて祖父が監督を務め、伯父の出身校でもある東海大相模高校に入学しますが、甲子園出場はならず、東海大学へ進学。4季連続で優秀投手に選ばれ、各種国際大会の日本代表にも選出されるなど、東都リーグのみならず大学野球を代表する投手に成長します。

2011年のドラフトで北海道日本ハムファイターズが1位指名をしますが、読売ジャイアンツへの強い思いがあり、入団を拒否。一年間の浪人期間を経て、翌2012年のドラフトでジャイアンツの1位指名を受けて入団します。

2013年のルーキーイヤーから二桁勝利をあげる活躍を見せ、リーグ優勝に貢献。新人賞は逃したものの、特別賞を受賞。日本シリーズではシーズン24勝無敗の田中将大と投げ合って勝ち投手となり、田中にこの年唯一の黒星をつけます。

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2014年には初の開幕投手を務めて勝利を飾り、シーズンでも最優秀防御率を獲得し、チームをリーグ優勝に導き、MVPにも輝きますが、日本シリーズは2年連続で敗退します。

2015年には負け数が勝ち星を上回りますが、防御率はリーグ2位であり、好投するのに勝ち星には恵まれないシーズンとなりました。翌2016年も最優秀防御率を獲得する投球を見せましたが、やはり勝ちには恵まれず9勝に終わります。

2017年は持前の制球力だけでなく、速球の威力が高まり、17勝をあげて最多勝利を獲得し、防御率も脅威の1.59を記録。平成生まれ初の沢村賞にも選ばれます。2018年も15勝をあげて2年連続で最多勝利、3年連続の最優秀防御率、沢村賞も連続受賞します。

クライマックスシリーズでは史上初のノーヒットノーランを記録。2019年、背番号を19からジャイアンツのエースナンバー18に変更。故障もある中、リーグ優勝に貢献しました。

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019年シーズンまで現役7年間で、87勝、防御率2.36。MVP1回、沢村賞2回、最多勝利2回、最優秀防御率3回、最多奪三振2回、ベストナイン3回、ゴールデングラブ賞3回。

リーグだけでなく、日本を代表する投手として、メジャー挑戦の有無も含めて、今後の活躍にも注目です。

 

私が選ぶ、菅野智之の凄さがわかる名言・語録集

【名言語録その1】

「僕の野球人生にとってドラフトも、決してそこがゴールではないということなんです」

現在はFAでもジャイアンツのオファーを断る選手が増えてきましたが、球界の盟主たるジャイアンツはその人気ゆえに、過去のドラフトでいくつも問題を起こしています。

古くは荒川尭、そして江川卓の事件は社会問題化しましたし、桑田真澄のドラフトの経緯も物議をかもしました。2011年のドラフトでジャイアンツ以外を拒否した菅野についてもまた、さまざな反響がありました。

ドラフト制度にはいくつか問題があるのは確かです。しかし誰にとっても完全な制度というものも存在しません。ただ制度の範囲内でファイターズは指名し、同じく菅野は拒否したわけですから、どちら側の責任でもなく、FAを含めたプロ野球界のルール全体の問題として考えるべきでしょう。

ドラフトの際に菅野の祖父である原貢の発言が度々取り上げられましたが、その祖父が菅野について「あの子はね、見た目と違ってガーッといきたがるところがあるんですよ。そういう気持ちの激しさがある」と語っています。もっと冷静さが必要だと釘を刺しながらも「それぐらいの激しさがなくちゃ、大事なところじゃ勝てませんよ」と話していました。

2013年の日本シリーズでシーズン無敗の田中将大と投げ合い、勝った時、菅野は「勝ったら自分がヒーローだ、と言い聞かせてマウンドに立ちました」と言っています。まさに気の強さが現れたシーンだと思いますが、祖父が亡くなった後、祖父を思い「いつもマウンドに上がる前と上がってから、空を見上げるようにしているんです」という優しい一面も、菅野らしいと思います。

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【名言語録その2】

「野球としては硬式よりも軟式の方がはるかに難しい。そういう野球を経験できたことは自分の財産になったと思います」

その血筋のため、子どもの頃から野球エリートだと思われがちな菅野ですが、高校入学までは軟式野球をやっていました。名門である東海大相模高校ですから、他はほぼ全員リトルリーグで硬式でプレイをしてきており、なかなか厳しい高校生活のスタートだったと思います。

軟式と硬式ではだいぶ野球の感覚が違います。軟式のボールは芯に当たっても飛ばないですし、バウンドもフライも変則になりがちで、変化球もあまり曲がりません。ただそのために内野手は前に出てショートバウンドで捕球したり、投手はコントロールを重視したりする感覚が養われることもあります。菅野の制球力とフィールディングはもしかしたら軟式で培われたものなのかもしれません

いずれにせよ不利だった筈の環境をむしろプラスに変え、押しも押されもしない日本のエースにまでなったことは、さまざまな理由で軟式をやっている子どもたちに、それでもプロで活躍できるという勇気を与えているだろうと思います。

 

【名言語録その3】

「三振とはピッチャーがノーリスクでアウトを取れる手段です。でも僕はバッターと対したら、まず必ず一球で打ち取ることを考えます」

投手には全打者を一球で打ち取り、試合を27球で終わるのを理想にする投手と、全打者を三振に取り、81球で終わらせるのを理想とする投手がいるようです。菅野は自らを前者だと言います。2018年10月14日にクライマックスシリーズ初のノーヒットノーランを達成した内容も、四球はひとつだけ。奪三振は八つですが、完璧といっていい安定した投球でした。

 

「多分、野手の人だって3球でチェンジになった方が守っている時間も少なくて楽なはずです。だとするとやっぱり三振を取ることが、攻撃のリズムに何らかの効果をもたらすとも思えない。そもそも三振をプランニングして投げるということは、僕の場合はないですね」

正直なところ、菅野は援護の少ない投手だというイメージがあり、防御率のわりに勝てていない印象があります。ダルビッシュ有は7年間で93勝し、防御率は1.99。田中将大は99勝し、防御率は2.30です。菅野は同じ年数で防御率は田中に匹敵する2.36ですが、87勝にとどまっています。その原因はリーグやチーム事情もあるとは思いますが、少なくともこの両投手に匹敵する投手なのは間違いありません。

トレーニングにより、ボールの威力をあげ、より打者を簡単に打ち取れる球威を身に着けた菅野は、2018年シーズンに8完封という40年ぶりの記録を残し、年間3129球も投げました。年間3000球を越えたのは他に東北楽天ゴールデンイーグルスの則本昂大だけで、残念ながら共に2019年シーズンは故障しています。

打者を少ない球数で打ち取ることを目標とする菅野が、三振を狙いに行く則本と共に、多くの球数を放っているのは皮肉ですが、それだけチームのエースとして頼られ、多くの投球回を重ねているということでもあります。

そしてそれは同時に反面教師として、投手の故障を防ぐという意味でも球数は抑えるべきだということも、教えてくれているように思います。


菅野智之(読売ジャイアンツ)のピッチングバイブル (B.B.MOOK)

 

名言からの学び

・勝負師には激しさと優しさが必要である。

・不利を自らの特長に変える。

・目標を掲げることにより、失敗した時でも反面教師にできる。

 

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