梨田昌孝監督の凄さが分かる名言・語録集!こんにゃく打法を編み出した名将の伝説エピソードから人生哲学まで
一本足打法といえば言わずと知れた世界のホームランキング王貞治。振り子打法といえばメジャーリーグも席巻したヒットメーカーであるイチロー。
他にも神主打法の落合博満、天秤打法の近藤和彦、ガニ股打法の種田仁など、個性的な打撃フォームには特有の名前がつけられます。そして、こんにゃく打法で有名なのが、梨田昌孝です。
打てる捕手というのは、野村克也、古田敦也、城島健司、阿部慎太郎など、どんなチームでものどから手が出るほど欲しい人材です。梨田もリーグを代表する打てる捕手として注目されますが、その手足をぐにゃぐにゃと振るわせて力を抜く独特の仕草から、こんにゃく打法と呼ばれて人気となりました。
引退後も監督として2度のリーグ優勝を果たすなど、安定した采配ぶりと成績でチームを強化する名将として活躍し、インタビューなどではダジャレを得意としていて、多くのファンに「ナッシー」の愛称で親しまれています。
今回はこんにゃく打法を編み出した「ナッシー」こと梨田昌孝監督の凄さが分かる名言や語録を紐解き、名将の伝説エピソードから人生哲学にまで迫ります。
梨田昌孝について
まずは梨田昌孝の経歴を追ってみます。
1953年8月4日生まれ、島根県浜田市出身。本名は梨田昌崇。浜田高校では3年の時に4番打者として春夏甲子園に出場。1971年のドラフト2位で近鉄バファローズ(現オリックスバッファローズ)に指名されて入団します。
ルーキーイヤーから1軍に昇格し、初安打を記録します。1973年の夏以降、正捕手に抜擢され、翌1974年にはその地位を固めます。しかし当時のエース鈴木啓示が有田修三とバッテリーを組みたがり、1975年からは有田と併用されるようになりました。
1979年には19本塁打、打率.272を記録し、球団初のリーグ優勝に貢献します。それ以降、4年連続で2桁本塁打を記録し、3年連続でベストナインとゴールデングラブ賞を獲得。リーグを代表する、強肩で打てる捕手としての地位を確立します。
有田との併用は有田が読売ジャイアンツに移籍する1985年まで続きますが、ライバルの不在と肩の不調から1986年以降は出場機会を減らし、1988年に引退します。
引退後は解説者となりますが、1993年にバファローズのコーチに就任。1996年に二軍監督、2000年から1軍の監督となります。2001年には近鉄として最後のリーグ優勝を果たしましたが、2004年の球界再編で近鉄がオリックスに吸収されるのに伴い退団します。
2008年からは北海道日本ハムファイターズの監督に就任。2009年にリーグ優勝に導きます。2011年シーズン後に辞任しますが、球団史上初めて複数年指揮をした監督で勝ち越しました。
2016年から東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任。2018年には監督通算800勝を達成しますが、6月に成績不振のため辞任します。
現役通算17年間で、113本塁打、打率.254、盗塁阻止率.391。ベストナイン3回、ゴールデングラブ賞4回。監督通算12年間で805勝、Aクラス7回。
2020年4月に新型コロナウイルスに感染。多くのファンが健康の回復を祈っています。
私が選ぶ、梨田昌孝の凄さがわかる名言・語録集
【名言語録その1】
「『るい』に出られるように。出『るい』が多くなるように期待しています」
この言葉は2015年のドラフトでイーグルスの1位指名となったオコエ瑠偉の名前を使ったダジャレです。梨田はインタビューなどでダジャレを連発し、ファンサービスを忘れない気遣いの人です。
現役時代、正捕手としての実力を持ちながらも、エースの鈴木啓示との相性から、有田修二との併用が多かった梨田。有田は強気のリードを得意とし、ぐいぐいと投手を引っ張っていくタイプの捕手でしたが、梨田は投手の思いを尊重し、気持ち良く投げさせて、打たれれば自分が責任を背負うタイプの捕手でした。
リードが好対照な2人を、名将西本幸雄監督はうまく使い分けることで、対戦チームが対策を取りづらいものにしたのだと思います。しかしゴールデングラブ賞を4回も取った梨田ですが、規定打席の達したのは現役17年でわずかに3回。一方、有田はゴールデングラブ賞2回で、規定打席到達が1回のみ。共にレギュラーの実力を持つ梨田と有田だけに、その思いは複雑だったろうと思います。
ただ結果としてそれがバファローズとファイターズという好対照のチームで結果を出すという、梨田の指導者としての気遣いや柔軟性に結実していると思います。
【名言語録その2】
「やっぱり実際にプレーするのは選手だから、それに合った野球をやるべきでしょう」
梨田が指揮したバファローズは「いてまえ打線」と呼ばれ、中村紀洋、ローズ、磯部公一、大村直之、吉岡雄二、北川博敏ら強打のチームでした。
一方、ファイターズは野手は稲葉篤紀を中心に小技を絡め、ダルビッシュ有、武田勝、武田久ら強力な投手陣で守り勝つチームでした。
「近鉄ではバッターが揃っていたので打ち合いの野球をしましたし、日本ハムではピッチャーが良かったから、投手力をメインにチームを組み立てていきました」
状況や戦力に合わせると言うのは簡単です。しかし実際には、自分のやりやすい形にするためトレードを考えたり、選手起用を変えたりする監督も少なくありません。選手よりも監督色が強く出てしまうのです。
梨田はあくまでも選手に合った戦い方を柔軟に選択します。実際には己が理想とする形もあるのだと思いますが、無いものねだりをするのではなく、しっかりと現状認識をして、戦い方を考えるのです。
その姿勢は選手時代に有田との併用の中、より自分の個性を生かす方法を柔軟に模索し続けたことが生きているのではないでしょうか。
その結果のひとつが独特のこんにゃく打法にもつながるのだと思います。
【名言語録その3】
「僕はよく『絵を描け』と話をしていますね。絵を描くと想像力が養われます。それに観察力も養われる。対象をしっかり見ないと描けませんからね」
絵を描く作業は野球にも通じるのだと梨田は言います。
「たとえば湖の風景で波紋を描こうとすれば、ポンと石を放ったら、こんな形で広がるといったことをよく見ておかなくてはいけない。その上で、どう描けばいいのか想像を巡らせるんです。この作業は野球にも通じます。ピッチャー、バッター、試合の状況をよく観察して、ちょっとした変化も見逃さない。そして『このボールを放らせたら、どうなるだろう』と考える」
そういった観察と思考の繰り返しの中から、梨田は構えで力が入り過ぎる癖を改善するために、バッターボックスで手足をぶるぶると振るわせて脱力させるこんにゃく打法を作り上げました。
最初は観客から「トイレに行きたいのか」と野次られることもあったそうですが、それにより打てる捕手としての個性を確立します。
その芸術家のような想像力は、選手を生き生きとさせます。イーグルスでは結果が残せずに終わりましたが、コロナ禍を乗り越えて、是非とも再びユニフォーム姿を見せて欲しいと思います。
名言からの学び
・気遣いはただのサービスではなく武器になる。
・指揮者は自分色ではなく、まずチームの色を考えるべきである。
・想像力が個性を作る。
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