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木内幸男監督の凄さが分かる名言・語録集!高校野球会の名将の伝説エピソードから指導方法まで


プロ野球の監督には、その巧な采配ぶりから「マジック」と呼ばれる人物がいます。古くは三原脩の「三原マジック」、そして仰木彬の「仰木マジック」が有名ですが、高校野球の世界でもその名に「マジック」の呼称をつけられた監督がいます。「木内マジック」の木内幸男監督です。

茨城県の取手第二高校、そして常総学院高校で、春の選抜大会で1度、夏の選手権大会で2度の全国制覇を成し遂げ、甲子園通算40勝を上げている木内ですが、茨城弁まじりの独特の語り口も人気で、なんと80歳まで監督を続けました。

精神論や根性論が多かった高校野球界において、木内は戦術を重視し、手堅い犠牲バントよりも機動力や奇襲策を用いて、桑田真澄と清原和博のKKコンビを擁するPL学園を、夏の選手権大会だけでなく国体でも下すなど、高校野球界に旋風を巻き起こしました。

今回は高校野球会の名将である木内幸男監督の凄さが分かる名言や語録を紐解き、木内マジックの伝説エピソードから指導方法にまで迫ります。

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木内幸男のプロフィール詳細

まずは木内幸男の経歴を追ってみます。

1931年7月12日生まれ、茨城県土浦市出身。土浦第一高校ではセンターで主将。卒業後は母校の野球部コーチを務めますが、1957年に取手第二高校の野球部監督に就任します。当時の取手二高はかつて女子校だった弱小チームであり、甲子園初出場は監督就任から20年目、1977年夏の選手権大会でした。

そこから1984年までに、夏4回、春2回、チームを甲子園に導き、1984年の夏には決勝戦でKKコンビを擁するPL学園に競り勝ち、初の全国制覇を成し遂げます。

1985年、83年に開校した常総学院高校に招かれ、監督就任。就任3年目で早くも春の選抜大会にに出場。夏の選手権大会では全国準優勝に輝きます。その後、2001年に春、2003年に夏、と甲子園を制し、2004年から07年にかけて一時監督から退きますが、2008年から再び指揮を取り、2011年に80歳で、監督を引退。

教え子からは石田文樹、松沼博久、松沼雅之、大野久、島田直也、仁志敏久、金子誠など多くのプロ選手を輩出しています。

 

私が選ぶ、木内幸男の凄さがわかる名言・語録

【名言・語録その1】

「お前ら、スタンドをよーく見て見ろ。ほら、あいつは焼きそばを食べてんだろ。あっちはカチ割だ。お客さんなんて関係ねえ。野球なんか、せーーんぜん、見てねえから」

1984年夏の選手権大会、取手二高とPL学園との決勝戦を迎え、緊張する選手たちに木内はこう声をかけたそうです。当時のPL学園は桑田、清原を中心に強力なチームでした。しかしこの年の春に練習試合で対戦し、清原に本塁打を浴び、更に打線は1安打に抑えられたそうです。

 

「でも負けて子どもたちが変わりました」

力の差は歴然で、敗戦後、生徒たちが今の自分の打撃では通用しないと、徹底してセンター返しの練習をするなど、自ら工夫して変えていったそうです。

KKコンビを持ち出して、「2年生になんか負けるなって、頼みの綱は学年だけ(笑)」ととぼけてみせていますが、木内は甲子園で大会屈指の好投手で、後にプロでも活躍する桑田、伊良部秀輝、ダルビッシュ有らを見事に打ち崩しており、そこにはまさに「木内マジック」といわれた采配の妙があったのは間違いありません。

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【名言・語録その2】

「なんべんやったってかなわない。でも1回勝てばいいんだよって選手にはいいました。勝てるとは思ってませんでしたけど(笑)」

教え子たちによると、木内はミスをしても、またチャンスをくれる、のだそうです。信頼されていないと自信を無くしている投手に、捕手を通してその投手に期待していることを伝えさせて、復活した投手が好投するといったこともあったそうです。

ベンチ入りメンバーを総動員し、試合終了時には先発メンバーがほとんど残らないということもよくありましたが、であればこそ選手たちはチームとして戦っており、一体感はあっただろうと思います。

またバントと思われるようなシーンで強行策を取り、攻撃型の采配と呼ばれることもありましたが、メンタル面に左右されやすい高校野球では、意表を突かれると体が動かなかったり、ミスが出たり、崩れやすい部分があります。

逆に勢いづいた方は一気呵成に実力以上のものを出したりします。野球のセオリーうんぬんではなく、パターンに慣れてしまっている高校生相手には、案外理にかなった作戦ではないかと思います。

「マジック」と名付けられる監督に共通しているのは、巧みな人心掌握術と、選手の心理を突いた采配であるように思います。

練習中、厳しい言葉で怒鳴り続ける木内に対し、選手側も「くそじじい」と罵るようなこともあったようですが、木内は聞こえないふりをしてそれを許し、試合中には「ひとつ勝ったら海水浴行くか」と選手をリラックスさせるなど、硬軟の技を合わせて、選手の力を引き出していくのが「木内マジック」の神髄なのだろうと思います。

 

【名言・語録その3】

「甲子園に行ったら、パンダになっちゃうからなあ。どっちでもよかったんだよ、ホントの話。がはははははは」

2011年7月27日に、監督として最後の夏を、茨城大会準決勝で敗れた時のコメントです。もちろんマスコミが押し寄せ、選手たちにもインタビューを求める中、選手を気遣ったジョークでしょう。

 

「尋常じゃないもんな、80になっても野球やってるなんて」

確かに普通ならば、とっくにユニフォームを脱いでいるところでしょうが、高校野球がスポーツとしても、娯楽としても、そして産業としても拡大した現在、スター監督にはそれだけで価値が生まれます。

木内は体育教官助手ではあっても、教員ではなく、いわば職業監督です。しかしそのスタンスは基本的に選手ファーストであり、教育者としても一流だと思います。

桑田真澄は甲子園で取手二高に負けた後、どんな環境で練習すればあんなに伸び伸びと野球が出来るのか興味があり、自費で茨城まで見に行きました。その時、木内は歓待し、包み隠さずに見学させてあげたそうです。また桑田が車椅子生活になったかつてのチームメイトのために見舞金を募った時、敵将であった木内も募金を渡したそうです。

桑田真澄の凄さが分かる名言・語録集!球界レジェンドの努力論から人生哲学まで

 

一晩中言葉を考えて、明日は何を話すべと予行演習もしたなあ」

自由であるようでいて、実は周到に考えたアクションで、選手たちの力を引き出し、更にそれに合わせてまた指導と実戦を繰り返す。「マジック」の種は案外、そんな地道な努力なのだと思います。


木内語録―子供の力はこうして伸ばす!

 

名言からの学び

・負けて学ぶことも間違いなくある。

・やる気にさせることが、一番の薬である。

・地道な準備こそが、継続する力を生む。

 

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