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井端弘和の凄さが分かる名言・語録集!いぶし銀と呼ばれた天才ショートの伝説エピソードから努力論まで


プロ野球でもっとも評価が難しいのが守備力かもしれません。守備率は守備範囲は考慮されませんし、どれだけダブルプレーに関与し、連携スピードでアウトにしているかなどは、なかなか数値化できません。そんな守備の達人を表彰する唯一の賞がゴールデングラブ賞です。それを遊撃手として通算7度も受賞しているのが井端弘和です。

2塁手の荒木雅博と二遊間コンビを組み、共に6年連続でゴールデングラブ賞を受賞し、「アライバコンビ」として、鉄壁の二遊間を作り上げた井端。その存在は通算219勝で50歳まで現役だった山本昌に「彼がいなかったら、僕は200勝していなかった」と言わせるほどです。

その卓越した守備力だけでなく、しぶとくファウルで粘り、勝負強さもみせる打撃も一級品であり、WBCでも劇的な一打を放つなど、記憶に残るプレイを残しています。

今回はいぶし銀と呼ばれた天才ショートストップ井端弘和の凄さが分かる名言や語録を紐解き、伝説エピソードから努力論にまで迫ります。

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井端弘和のプロフィール詳細

まずは井端弘和の経歴を追ってみます。

1975年5月12日生まれ、神奈川県川崎市出身。堀越高校では2度の甲子園出場を果たし、卒業後は亜細亜大学に進学。東都リーグで3季連続ベストナインに選ばれました。1997年のドラフト5位で中日ドラゴンズに入団します。2000年には代走や守備固めを中心に出場数を増やし、2001年にレギュラーを獲得します。

2002年にベストナインに選ばれ、2004年には選手会長となり、シーズン打率.302を残し、ゴールデングラブ賞も受賞。チームをリーグ優勝に導きます。その後は2塁手の荒木雅博と共に「アライバコンビ」と呼ばれる華麗な連携プレーを見せ、チームの主力として貢献します。

2010年には二塁手にコンバートされますが、2012年には遊撃手に戻り、翌13年WBCではブラジル戦で同点打、台湾戦でも9回2死から起死回生の同点打を放ち、勝負強さを見せつけますが、シーズン終了後に年俸88パーセント減を提示されて拒否。自由契約となります。

2014年は読売ジャイアンツと契約。内野手のスーパーサブとして活躍しますが、2015年シーズン後に高橋由伸が監督に就任するのに合わせ、現役を引退し、コーチに就任します。

現役通算18年で1912安打、56本塁打、149盗塁、打率.281。ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞7回。

2018年シーズン後にコーチを退任し、その後は解説者を務めています。

 

私が選ぶ、井端弘和の凄さがわかる名言・語録集

【名言語録その1】

「ぶっちゃけた話、わざとバントを失敗したこともあったんです」

プロでは小技を確実に成功させる選手というイメージですが、亜細亜大学時代には、打ちたくてわざとバントを失敗することがあったようです。

ドラゴンズでは投手と捕手を除く、すべてのポジションを守ったことがあり、打順も4番以外はすべて打ったという器用な井端ですが、それはプロに入って活躍するための手段として学んだものです。

 

「気持ちが充実していて、それに結果がついてきてくれた。自分の働き場をつくるという意地もありました」

2013年のWBCで山本浩二監督からバント専門と言われて召集された井端は、自分の力で働き場を作り出し、勝負を左右する殊勲打を連発して高打率を記録。上記の言葉を残しました。プロである以上、自分の居場所は自分で切り開くしかありません。

更に井端は国際大会に出場する意義について話しています。

 

「そういうところで活躍したいと思ったら、また練習しますし、シーズンにもいい影響を及ぼすと思う。まだまだ自分には足りないなっていうふうになって、次のシーズン、また次のシーズンに行かせますから。これからも若い選手にはいっぱい出てもらいたいなと思います」

そこにはベテランであっても常にもう一段高いレベルを目指して、努力を続けようとするプロの姿が見えてきます。

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【名言語録その2】

「だから僕は現役の最後まで基本練習でした」

守備について井端が語った言葉で、これには以下のような前段があります。

 

「僕はずっと基本の形でボールを捕ってきた。基本をやっておけば忘れることはないし、それができれば全部ボールは捕れると思っていた。実際に試合でエラーする時って、基本の形ができてない時ですから」

過去の二遊間の守備率を見ると、2005年のロッテで堀幸一と小坂誠のコンビが.9942、2001年の中日で立浪和義と井端のコンビが.9940、そして2004年に荒木と井端のアライバコンビが.9929の記録を残しています。

しかし特筆すべきは堀・小坂の捕殺が537、刺殺が315、立浪・井端の捕殺が633、刺殺が368なのに対して、アライバコンビは捕殺874、刺殺533という驚異的な数字を残していることです。

2005年にもこのコンビは捕殺976、刺殺614という通常の二遊間の倍近いアウトを奪っているのです。それは守備範囲の広さ、ダブルプレーの多さなどを示しています。

荒木は「そこに井端さんがいるってわかっていますから」と語り、井端は「待っていたら来るのがわかるんだから」と話す最強二遊間も、一時は落合博満監督の意向で互いのポジションにコンバートさせられましたが、落合は「慣れによる停滞」を取り除くためと説明しています。守備成績を見れば失敗とまでは言えませんが、明らかに打撃に影響があったし、名手同士であれコンバートの難しさを感じさせます。

井端が使っていたグラブは2014年に坂本勇人が「グラブに悩んでいる」と相談された際に、試しに使ってみろと貸したそうです。それを気に入った坂本は井端に返さないまま、2019年シーズン時点でも、丁寧に手入れをしながら使い続けています。

井端の後継者と呼ぶにはタイプの違う坂本ですが、井端の遺産がそんな形で継承されています。

 

【名言語録その3】

「じゃあ、俺も一緒に辞めるわ」

2015年終了時に通算2000本安打まで88本に迫っていた井端ですが、同じ年齢である高橋由伸から「来年から監督をやることになったんだ」と電話をもらい、その雰囲気から井端は自分にコーチをやって欲しいんだろうと察し、自分もやめると口にしたそうです。

選手として2000本安打というのは、大きな目標のひとつですが、井端はそこにこだわることなく、あっさりと引退を決めます。

 

「こういうと失礼かもしれないけど、2000本安打を記録すれば皆、名選手なのか。僕は、そう思っていない。2000本に届かなくても、素晴らしい選手はたくさんいる」

その念頭には一緒に辞めることを選んだ高橋由伸のことがあったのだろうと思いますし、他にも思い浮かんだ選手がいるのでしょう。

井端もまた、間違いなくそのひとりだと思います。

 

名言からの学び

・立場や状況で変わっていかないと一流にはなれない。

・すべては基本に集約され、基本に還る。

・数字だけで一流は語れない。

 

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