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巨人の歴代年俸ランキング一覧まとめ!最高年俸はいくらで誰なのかチェック!

12球団で最も長い歴史を持つ巨人。これまで数多くの名選手が活躍し、高年俸選手も多く輩出しています。

今回はそんな巨人の歴代年俸ランキングを一覧にまとめ、最高年俸は誰なのかをまとめました。

昔から財力No.1と言われている巨人軍の気になる年俸の歴史を楽しく見ていきましょう。

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歴代の年俸ランキング一覧まとめ!歴代最高年俸はペタジーニ選手の7億2000万円!!

巨人に在籍した選手の最高年俸を20位までまとめてみました。複数年契約等で最高年俸のシーズンが複数年ある選手は、初めて最高年俸で迎えたシーズンの成績を掲載しています。

ベスト20の中に外国人選手の名前が目立ちます。それでは詳しく見ていきましょう。

 

順位 年度 選手名 年俸 打率/防御率 試合/登板 本塁打/勝利 守備位置
1 2003 R.ペタジーニ 7億2000万円 0.323 100 34 レフト
2 2019 菅野 智之 6億5000万円 3.89 22 11 先発
3 2002 松井 秀喜 6億1000万円 0.334 140 50 センター
4 2007 李 承燁 6億0000万円 0.274 137 30 ファースト
4 2014 阿部 慎之助 6億0000万円 0.248 131 19 キャッチャー
6 2004 T.ローズ 5億5000万円 0.287 134 45 センター
7 2008 A.ラミレス 5億0000万円 0.319 144 45 レフト
7 2013 杉内 俊哉 5億0000万円 3.35 24 11 先発
7 2019 坂本 勇人 5億0000万円 0.312 143 40 ショート
10 2002 清原 和博 4億5000万円 0.318 55 12 ファースト
10 2019 丸 佳浩 4億5000万円 0.292 143 27 センター
12 2011 小笠原 道大 4億3000万円 0.242 83 5 ファースト
13 2008 上原 浩治 4億0000万円 3.81 26 6 先発/中継
13 2013 内海 哲也 4億0000万円 3.31 25 13 先発
13 2018 A.ゲレーロ 4億0000万円 0.244 82 15 レフト
16 1995 S.マック 3億8000万円 0.275 120 20 センター
16 1994 落合  博満 3億8000万円 0.280 129 15 ファースト
18 2018 S.マシソン 3億5500万円 2.97 34 0 中継/抑え
19 2000 B.ガルベス 3億5000万円 3.26 6 0 先発
19 2008 高橋  由伸 3億5000万円 0.236 91 17 ライト

 

1位 R・ペタジーニ選手 7億2000万円(03年)

本塁打王2回の実績を引っ提げてヤクルトから破格の7億2000万円で加入しました。

本職のファーストには清原和博選手がいたため、本職ではない外野で出場することが多くありましたが100試合の出場で34本塁打を放ち、規定打席には到達しなかったものの打率.323の好成績を残しました。

2位 菅野智之投手 6億5000万円(19年)

18年に沢村賞の選考基準を全てクリアし、2年連続の沢村賞に輝くと年俸はプロ野球の歴代日本人選手トップタイの6億5000万円に到達しました。

最高年俸で迎えた19年シーズンは腰痛に悩まされながらもプロ入り7年目で6度目の二桁勝利を達成しました。

3位 松井秀喜選手 6億1000万円(02年)

日本球界、巨人で迎えた最後の年を6億1000万円で迎え、自身初の50本塁打を達成し、惜しくも首位打者には届かなかったものの自己最高の打率.334を記録しました。

チームの日本一に大きく貢献し、MVP・本塁打王・打点王に輝きメジャーリーグに挑戦することとなりました。

4位 李 承燁選手 6億円(07年)

ロッテから移籍した「アジアの大砲」は加入初年度の06年にフル出場を果たし、41本塁打を放つと年俸は6億円に到達しました。

07年は打率こそ前年より大幅に下がりましたが、30本塁打を放ち面目を保ちました。

4位タイ 阿部慎之助選手 6億円(14年)

キャッチャーの激務に加え、キャプテン、4番を務めMVP・首位打者・打点王に輝いた12年オフに5億7000万円となった年俸は翌年オフに6億円になりました。

迎えた14年は首痛を発症するなど満足いくシーズンにはならず、キャッチャーのレギュラーとして出場した最後の年となってしまいました。

6位 T・ローズ選手 5億5000万円(04年)

いてまえ打線の中軸を務め、シーズン55本塁打の経験者は堀内巨人1年目の目玉補強でした。

初めてのセリーグでのシーズンでしたが、45本塁打で本塁打王を獲得し、実績どおりの活躍を見せました。

7位 A・ラミレス選手 5億円(08年)

優勝した07年オフにヤクルトから移籍し、自己最高年俸の5億円で契約しました。

移籍初年度から打率.323、本塁打45本、打点125の好成績を残し自身初のMVPと打点王を獲得し、チームの連覇に大きく貢献しました。

7位タイ 杉内俊哉投手 5億円(13年)

ソフトバンクから11年オフにFAで入団し、移籍初年度から二桁勝利をマーク、5月の楽天戦では完全試合まであと1人の快投を見せ、ノーヒットノーランを達成し、年俸は5億円になりました。

迎えた13年もローテーションを守り11勝を挙げ、連覇に貢献しました。

7位タイ 坂本勇人選手 5億円(19年)

キャプテン就任から5年目で初優勝を果たした19年はバントをしない超攻撃的な2番打者として出場し、球団史上初めて生え抜きの右打者として40本塁打を記録しました。

打撃タイトルは逃しましたが、MVPを初めて獲得し年俸に恥じない成績を収めました。

10位 清原和博選手 4億5000万円(02年)

01年に打点王のタイトルは逃したものの121打点を挙げ、オフの契約更改で自己最高年俸の4億5000万円となりました。

02年は故障に悩まされ55試合の出場に終わりますが、日本シリーズでは本塁打を2本放ち、優秀選手賞を獲得しました。

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10位タイ 丸佳浩選手 4億5000万円(19年)

3連覇中の広島から4億5000万円で加入し、移籍初年度から全試合に出場しました。

勝負強い打撃と安定した守備でチームを牽引し、チームトップクラスの豊富な練習量を誇り、打撃理論には若手を中心に門下生も多く、5年ぶりの優勝に成績以上に貢献しました。

12位 小笠原道大選手 4億3000万円(11年)

06年オフに日本ハムからFAで入団し、1年目からMVPを獲得する活躍を見せ10年オフに4億3000万円で契約を更改しました。

11年5月には通算2000本安打を達成しますが、怪我による離脱を経験し、13年ぶりに規定打席に到達しない悔しいシーズンでした。

13位 上原浩治投手 4億円(08年)

長く先発の柱として活躍していましたが、07年に抑えに転向して当時球団史上最多となる32セーブを挙げ年俸は4億円に達しました。

08年は先発に戻るも不調が続きましたが、8月に行われた北京五輪参加をきっかけに復調し、優勝に貢献しました。

13位タイ 内海哲也投手 4億円(13年)

11年と12年に2年連続で最多勝を獲得したサウスポーは選手会長として選手からの信望も厚く、プレー以外でも存在感を発揮しました。

13年も13勝を挙げ、同年プロ通算100勝を達成しました。

13位タイ A・ゲレーロ選手 4億円(18年)

中日で本塁打王を獲得し、長打力を期待され入団しました。

しかし好不調の波が激しく15本塁打に終わり、首脳陣との衝突もあり一軍と二軍を行ったり来たりの不本意なシーズンでした。

16位 S・マック選手 3億8000万円(95年)

メジャーリーガーの力を見せつけ、来日1年目の95年は俊足巧打の1番打者としてチームを牽引しました。

メジャー仕込みのダイナミックな守備とチャンスに強い打撃でファンを魅了しました。

16位タイ 落合博満選手 3億8000万円(94年)

導入されたばかりのFAで中日から年俸3億8000万円で移籍し、移籍1年目から4番として出場しました。

死球の影響で不調に苦しみますが、伝説として語り継がれている同率首位対決となった「10.8決戦」では先制のホームランを放つなど優勝に貢献しました。

18位 S・マシソン投手 3億5500万円(18年)

12年から在籍し、中継ぎ・抑えとしてコンスタントに登板を続け、最優秀中継ぎ投手に2回輝くなど巨人史上最強の助っ人投手として活躍を続けました。

8年目となった18年は3億5500万円で迎え、投手キャプテンに任命されましたが終盤に手術を受けるなど満足いくシーズンではありませんでした。

19位 B・ガルベス投手 3億5000万円(00年)

来日1年目の96年に最多勝を獲得し、99年には球団史上初の外国人開幕投手を務めました。

00年は不調と故障に加え外国人登録枠の関係から登板数が激減し、勝ち星なしに終わりました。

19位タイ 高橋由伸選手 3億5000万円(08年)

07年に1番打者を務め、開幕戦でセリーグ史上初の初球先頭打者本塁打を放つなど本塁打王のタイトルにはわずかに届かなかったものの35本塁打を記録し、優勝に大きく貢献しました。

自己最高年俸で迎えた08年は腰痛を発症し、大きく成績を落としました。

 

巨人軍の歴代最高年俸獲得者は7億2000万円のロベルト・ペタジーニ選手!

多くの高額年俸選手がこれまで在籍していた巨人で歴代最高年俸獲得者は7億2000万円でプレーした左の大砲、ロベルト・ペタジーニ選手です。

ここで、ロベルト・ペタジーニ選手のプロフィールを確認していきましょう。

職業:元プロ野球選手
生年月日:1971年6月2日
身長:185cm
出身:ベネズエラ
最終学歴:アントニオホセ大学
血液型:不明

1971年(昭和46年)6月2日生まれ、ベネズエラのヌエバ・エスパルタ州出身。アントニオホセ大学からメジャーリーグのヒューストン・アストロズやシンシナティ・レッズを経て、1998年のオフにヤクルトスワローズで日本球界でのキャリアをスタートさせ、2002年オフに巨人に入団しました。

ヤクルトでの4年間で2回本塁打王を獲得し、不動の4番として01年にはリーグ優勝・日本一に大きく貢献しました。松井秀喜選手がメジャーリーグに移籍することになり長距離砲の補強が急務となった巨人が獲得に乗り出し、02年オフに7億2000万円の高年俸で移籍することになりました。

巨人ではファーストに清原和博選手がいたため、外野手として起用されることになり慣れない外野守備でエラーすることもありましたが、打率.323、34本塁打、81打点の好成績を残しました。左膝痛で途中離脱したこともあり規定打席には到達しませんでしたが、ヤクルトで発揮していた実力どおりの活躍でした。

翌年はファーストで清原選手と併用されながら29本塁打を放ちますが、チーム事情で退団が決まりました。

2年間の在籍でしたが、退団から15年ほど経った今も巨人史上歴代最高年俸獲得者です。

 

巨人軍の年俸に関する豆知識

活躍すれば評価され、上がっていく年俸ですが活躍できなければ下がることもあります。野球協約の第92条では減額に関して年俸が1億円を超えている選手については40%までを減額制限に定めていますが、選手が同意すれば減額制限を超える年俸で契約を更改するケースがあります。

巨人でも2人の高年俸選手が減額制限を大きく超える更改を行いました。12年シーズンでわずか34試合の出場に終わり打率.152だった小笠原道大選手は4億3000万円から3億6000万円(84%減)の7000万円で更改し、それまで2億円減が最大だった減俸額を大幅に更新して話題となりました。

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その小笠原選手をさらに上回る減額となったのが15年オフに5億円から90%ダウンの5000万円で更改した杉内俊哉投手でした。6勝に終わり秋には股関節の難手術を受け、復帰できるかどうか定かではなく、復帰できても本来の投球ができるかわからない状況で杉内投手自ら制限を超える減額を申し入れ、4億5000万円ダウンは現在でも球界最大減俸額になっています。

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まとめ

・最高年俸はロベルト・ペタジーニ選手の7億2000万円、ベスト20のうち外国人が8人を占めている。

・日本人トップは菅野智之投手の6億5000万円。

・ペタジーニ選手をはじめ、他球団からの移籍選手の年俸が高くなる傾向がある。

・小笠原道大選手と杉内俊哉投手は高年俸から減額制限を大きく超える減俸を経験している。

 

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