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野村謙二郎の凄さがわかる名言・語録集!天才打者のリーダー論から人生哲学に迫る!


トリプルスリーといえば、打率3割、本塁打30本、盗塁30という、万能選手の代名詞ともいうべき記録であり、長いプロ野球の歴史の中でもわずかに10人(2018年まで)しか記録していません。そのトリプルスリーを左打者で初めて記録したのが、野村謙二郎です。

野村の在籍した広島カープは、同じくトリプルスリーを記録した金本知憲の他にも、山本浩二や衣笠祥雄といったレジェンドや緒方孝市など、伝統的に主軸を打つような選手でも機動力を使える選手が多く、それは現在にまで受け継がれています。

最多安打と盗塁王を取れて、一発もある、そんないかにもカープらしい選手の代表格のひとりである野村謙二郎は通算2020本の安打を放ち、250盗塁を記録した、走攻守すべてに秀でた万能選手でした。

今回はその野村謙二郎の凄さがわかる名言や語録から、天才打者のリーダー論、そして人生哲学にまで迫りたいと思います。

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野村謙二郎について

まずは野村謙二郎の経歴を追ってみます。

1966年9月19日生まれ、大分県佐伯市出身。佐伯鶴城高校を卒業後、駒沢大学に進学。1988年のソウルオリンピックでは大学生で日本代表に選出されるなど活躍し、ドラフト1位で広島カープに入団。

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当初は外野手だったが、2年目に内野手へ転向。ショートのレギュラーを取り、盗塁王も獲得。更に翌年には2年連続盗塁王と最多安打を獲得。名実ともにカープの中心選手となった。

1995年には打率.315、本塁打32本、盗塁30で当時6人目のトリプルスリーを達成。ゴールデングラブ賞も受賞し、まさに走攻守そろった選手として、チームをけん引し、カープの顔として大活躍します。

現役17年間で、通算2020安打、169本塁打、250盗塁を記録し、最多安打3回、盗塁王3回、ゴールドグラブ賞1回、ベストナイン3回

2005年のシーズンを終えて引退が決まった時、球団より、背番号7を永久欠番にする提案を受けたものの、それを辞退。2010年には監督としてカープに復帰し、5年間指揮をとりました。

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私が選ぶ、野村謙二郎の凄さがわかる名言・語録集

【名言語録集その1】

「どれだけ状態が悪くても、代われと言われるまで、出続けるのがリーダーだと思う」

1996年には足の故障により、満足のいく成績は残せなかったものの、チームリーダーとして試合に出続ける姿は、最後まで優勝争いするチームを引っ張り続けたリーダシップの反面、万全でないのに出続けたことで、読売ジャイアンツの逆転優勝を許した一因になったとも批判されました。

昭和的な根性論というものには批判もあります。ただ選手層の薄いチームで主軸が頑張り続ける姿は、後に連続試合出場記録を作った金本知憲への影響なども含め、簡単には諦めないカープの良い伝統になっているのも確かです。

どんな状況でも懸命にやり続けるからこそ、監督辞任決定後にCSで負けた2014年、野村は言いました。

「まあ、しゃあない。目いっぱいやらせてもらったからね」

その潔さは、本気で続けた者にしか言えないものだと思います。

 

【名言語録集その2】

「俺はお前たちが不甲斐なければ、みんなの前で怒るぞ。期待するから怒るんだ。だからそれに負けるな」

監督となり、チームリーダー不在を感じた野村は、菊地涼介と丸佳浩を次のチームリーダーとして育てるべく、二人には厳しく接したそうです。

その反面、レギュラー選手が怪我をした時、ルーキーを代役に使って活躍した際、そのルーキーを使い続けるのではなく、すぐにレギュラーの控えだった選手も使うような采配をしました。それについて控えの選手も「悔しかろう」という野村の配慮でした。

ずっとルーキーが活躍出来ればいいですが、プロはそう甘くはありません。だからこそ誰かが欠けたところは全員野球で乗り切るというのが、野村の信念でした。そして全員野球を続けるには中心となるチームリーダーが必要だったのです。

特に菊地涼介は特別で、野村いわく「一度教えても翌日には戻っていることが多い。クセというのはなかなか抜けない」選手が多い中、彼はすぐに覚えて、しかももとに戻らなかったそうです。

そのような才能を見抜いて、リーダーとして育てた野村の手腕は、もっと評価されるべきかもしれません。

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【名言語録集その3】

「野球はいいもんだぞ。野球は楽しいぞ」

野村が引退した際に、子どもたちに向けて語られた言葉です。
引退の時、自身の気持ちとしてここまで率直に、野球が好きだと語られるのも珍しいのではないかと思います。

野村が怪我をしても出続け、チームのために怒り、皆に目を配り続けたのは、根本的に野村自身、野球が好きで楽しいからであり、それを伝えたいからなのでしょう。

おそらく昭和式の根性論が許されたのは、その競技に対しての愛情を共有していることが前提にあったからなのではないか思います。

 

名言からの学び

・継続は力なり。どんな状況でも諦めずに続けることもリーダーとしての資質である。

・全員の力を生かすためにも、リーダーの成長が必要である。

・その背景に愛情を共有していれば、根性論もひとつの教育である。

 

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