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デーブ大久保(大久保博元)の凄さが分かる名言・語録集!名前の由来から人生哲学まで


プロスポーツには必ずエンターテインメントの要素があります。プロ野球においてもプレイ内容だけでなく、選手の強烈な個性がファンの人気をつかみとってしまうことがあります。浪速の春団治川藤幸三やドカベン香川伸行などがそうでしょう。更にパンチ佐藤などその特徴から愛称がつけられるケースもあります。そのふたつの要素を兼ね備え、人気者になったのがデーブ大久保こと大久保博元です。

高校時代は当時の高校記録となる通算52本塁打を放つものの、プロ入り後はレギュラーは遠かったものの、トレードによって息を吹き返し、そのユニークなキャラクターもあって一躍人気者となります。その後はコーチに抜擢されるたびに不祥事を起こし、二度解任されながらも、監督にまで上り詰めました。

なかなか毀誉褒貶の激しい野球人生を送っていますが、令和になっても居酒屋経営をしながら、タレントや野球解説者として活躍中です。

今回はデーブ大久保の凄さが分かる名言や語録を紐解き、名前の由来から人生哲学まで迫ります。

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デーブ大久保について

まずはデーブ大久保こと大久保博元の経歴を追ってみます。

1967年2月1日生まれ、茨城県東茨城郡出身。水戸商業高校では甲子園出場はならなかったものの、高校通算52本塁打という強打が注目され、1984年のドラフトで西武ライオンズの外れ1位指名で入団

当時のライオンズには不動のレギュラー捕手として伊東勤がおり、その壁は厚く、大久保は主に代打での出番しかありませんでした。当時フロントにいた根本陸夫にトレード志願をするものの一蹴されたそうです。

根本陸夫の凄さがわかる名言・語録集!球界の寝業師の伝説エピソードから人生哲学まで

 

しかし結局は根本が動き、1992年にトレードで読売ジャイアンツに移籍。シーズン当初はレギュラーとして活躍します。その後、4番を打つなど打撃面では強打を見せますが、守備が伴わず、ケガなどもあって1995年に引退。現役通算10年で、158安打、41本塁打、打率.249の成績を残します。

引退後はデーブ大久保の名前でタレント業などもしていましたが、2008年にライオンズの打撃コーチとなり、アーリーワークを積極的に取り入れるなどその手腕は高く評価されますが、女性への暴力行為があったとして解任。2010年にコーチとして復帰しますが、菊池雄星への暴力行為が発覚し、再び解任されます。

2012年に若手の伸び悩みや長打力不足に悩む東北楽天イーグルスのコーチに就任。翌年、二軍監督を務め、2015年には監督になります。しかしシーズン57勝82敗の6位と結果を残せず、わずか1年で退任しました。

 

私が選ぶ、デーブ大久保の凄さがわかる名言・語録集

【名言語録その1】

「初めはベーブだったんです」

デーブ大久保という愛称は、ライオンズ時代にアメリカ野球留学の際につけられたものだそうです。初めはベーブ・ルースから取り「ベーブ」だったのですが、同行していた和田博美コーチが「デーブ大久保」にしてしまったそうです。太っていた大久保に対する冗談ですが、それが後に彼の呼称として定着するのだから面白いことです。

イタズラ好きの大久保は、他の選手の靴を車高の高い車の屋根に放り投げたり、車のキーを隠してしまったり、いろいろな悪さをしたようです。

大久保が入団した頃のライオンズには、東尾修、大田卓司、森繁和など、昭和の悪童の匂いがする選手たちがいて、そんな兄貴分たちに可愛がられ、奔放でやんちゃなキャラが出来上がったようです。

もちろん遊びだけでなく、当時常勝球団だったライオンズでは「野球の質が違ってました」というくらい、様々なシチュエーションプレーを叩きこまれ、大久保は古き時代の野球人と、新しい野球の双方を学んだといえます。

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【名言語録その2】

「あきらめなかったら、人生に失敗はないと思っています」

不祥事を繰り返し、そのたびにコーチ職を失った大久保ですが、「身から出たさび」だと思いながらも「違う自分に出会えるチャンス」だと考えたそうです。

引退後は指導者になることを思い、栄養学や運動生理学なども学び、コーチになってからは、様々な考えを取り入れてアーリーワークや8人対8人でやる紅白戦、選手に対する順位付けなど、次々に新しい取り組みを行っています。

選手の順位付けは、その選手がポジション争いで何番目にいるのかを明確にすることで、何をしなければ上がれないのかを自覚させるものです。

 

「実力差はヒットが打てたか、打てなかったではなく、練習をしたか、しなかったかで出てくる」

その熱血ぶりが、ライオンズの強力打線の礎になっているのは間違いありません。

 

【名言語録その3】

「ファンにお詫びしたいくらい」

イーグルスの監督就任が報じられると、ファンからは反対運動が起き、署名が届くという事態になったことについて、大久保は上記のように語りました。東北のファンはチームの顔である一軍監督にスキャンダルの多い大久保が就任するのを嫌がったのでしょう。特に暴力事件の相手が同じ東北の岩手県出身である菊池雄星だったことも影響したのだと思います。

チームとしては山崎武司の後釜となる長距離砲不足から、大久保の手腕に期待したのだと思いますが、残念ながらイーグルスではコーチとしても、監督としても結果が残せたとはいえません。それでも退任後すぐに横浜DeNAベイスターズの監督だった中畑清からコーチの誘いを受けるなど、その手腕には一定の評価がされています。

「自分の指導法は間違っていない」と思っていたものの、菊池雄星への暴力事件は裁判沙汰にまで発展し、ようやく自分の過ちに気づき、ライオンズの監督だった渡辺久信を介して、菊池とは和解したようです。

良くも悪くきも、素直で明るく愚直な昭和時代の人間臭さと、新しいメソッドにチャレンジしようとする平成時代の合理性と、その両方を大久保には感じます。それは同時代にライオンズで過ごし、同じくジャイアンツに移籍した清原和博と通じる何かを感じます。

 

「運動って、運が動くって書くでしょ。だから運っていうのは動くんだ」

いろいろあったものの、プロの監督にまで上った大久保。まさに動き続ける運を味方につけるべく、信念を持って闘い続けた結果なのだろうと思います。

 

名言からの学び

・名は体を表す。

・こだわりと工夫が現状を打破する力になる。

・二面性は人間の魅力になる

 

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