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秋山幸二監督の凄さがわかる名言!天才が残した成績・記録から人生哲学にも迫る!


ホームランアーチストでありながら、次々と盗塁を決め、広い守備範囲と強肩でアウトをもぎ取る。そんな走攻守がそろい、まるで野球マンガから抜け出してきたような選手だった秋山幸二氏。

西武ライオンズとダイエーホークスで20年間の現役生活を送り、通算2157安打、ホームラン437本、盗塁303という驚異的な記録を残し、現役を引退後は福岡ソフトバンクホークスの監督を6年間勤め、チームを2度の日本一に導いた名将でもあります。

どちらかといえば寡黙な印象を与える秋山氏ですが、ホームランの後にみせた「バック宙ホームイン」のように、他の者があっと驚くような一面を持った人物です。

今回はそんな秋山幸二監督の凄さがわかる名言を三つほど紹介し、現役時代「メジャーリーグもっとも近い選手」と呼ばれた天才が残した成績・記録から人生哲学にも迫ってみたいと思います。

 

秋山幸二氏について

まずは秋山幸二の経歴を追ってみましょう。

1962年4月6日生まれ、熊本県八代郡氷川町出身。八代高校からドラフト外で西武ライオンズに入団しました。

今ではドラフト外でプロ野球に入るケースはありませんが、かつてはドラフトから漏れた選手を、自由競争で獲得する事が可能でした。
秋山氏は当初大学進学を希望し、ドラフト後にプロ入りを決意したため、ドラフト外での入団となりました。

その時、ライオンズの監督をしていたのは「球界の寝業師」との異名を持つ根本陸夫氏で、後にライオンズの黄金期を支える選手たちを、あの手この手で次々と獲得しており、秋山氏もそのひとりとして期待されていました。

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入団二年目にイースタンリーグで本塁打王を獲得。アメリカへの野球留学も果たし、「メジャーリーグもっとも近い選手」と言われるようになります。

1984年にレギュラーを取りましたが、守備位置は三塁手。翌年には王貞治氏と並ぶ史上最年少での40本塁打を記録。1986年に監督が広岡達郎氏に代わると、その強肩と俊足を生かすべく外野手にコンバートされます。

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1987年に本塁打王、1990年に盗塁王を獲得。メジャータイトルはそれだけですが、秋山氏の真骨頂はゴールデングラブ賞11回という守備力、王貞治氏に次ぐ史上2位の9年連続30本塁打以上という長打力、30盗塁以上が3回という走力にあります。いわゆるトリプルスリーも1989年に記録しています。

ホークスに移籍後は初代主将として、チームを引っ張り、1999年の日本シリーズでは史上最年長かつ史上初二球団でのMVPに輝きました。

2002年に引退した後は、2005年にホークスの二軍監督に就任。2009年からは一群の監督として指揮をとり、リーグ優勝3回うち日本一2回という素晴らしい結果を残しました。

「名選手、名監督に非ず」という言葉がありますが、秋山氏はそれを覆す、名選手であり名監督でもあったといえます。

 

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「これだけ勝ってきたのだから、別に動く必要はない。普段通りに戦うだけ」

これは2011年に日本シリーズまで勝ち上がってきたときの言葉。
球界のレジェンドである王貞治氏の後任としてソフトバンクの監督をするプレッシャー、常勝球団でありながら前年には日本シリーズ敗退の屈辱。それらに耐えて勝ち続けた秋山氏の言葉だけに重みがあります。

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しかし、この言葉には秋山氏の達観というよりも、自信が隠されているのでしょう。
スポーツに限らずビジネスでも、勝負はその瞬間だけではなく、その前に築いてきた経験や準備が大事

選手時代、スランプになるとなかなか抜け出すのに時間がかかった秋山氏。それを乗り越えてきたのは、やはり経験と地道に繰り返す準備があったからこそ。

土壇場になっても普段通りでいられる強さは、まさに数々の修羅場を踏み越え、常に次の準備を怠らなかったからでしょう。
次の名言が、それを教えてくれます。

 

「僕にとって野球が楽しいのは一瞬。ホームランを打った、盗塁成功した。「よっしゃ」となる。でも次に行かなくてはならない。立ち止まってはいられない。次の準備に入る。そういう世界がプロだ」

これば2016年に崇城大学で行った講演での言葉。
野球は記録のスポーツとも言われます。ホームランの数も盗塁の数も積み重ねで記録されます。変動するのは打率や防御率など、確率を計算したものだけ。
ゆえにシーズンが深まれば、それなりに数字が増え、そこで満足してしまう者は、本当のプロにはなれない、という事なのでしょう。

これもまたビジネスや勉強などにおいても頷ける言葉です。
ライオンズ時代、秋山氏の周囲には清原和博、石毛宏典、辻発彦、伊東勤、渡辺久信、工藤公康ら、スター選手が目白押しでした。激しい競争の中で、現状に満足し、次の準備を怠るようでは、すぐに脱落した筈です。

またホークスでは主将をつとめた秋山氏ですが、寡黙な人柄ゆえ、他の選手を言葉で鼓舞するという事は苦手でした。そのため常にプレーで手本となれるよう、どんな場面でも全力を尽くす事で、選手を引っ張りました。
プロは次があるとは限らない世界。プロとして続けるための心構えを、秋山氏はその背中で見せ続けました

 

「野球選手を卒業します」

これは秋山氏が20年の現役を終えた時の言葉。
気になるのは「卒業」とは言っても「引退」とは言っていない点です。つまり選手は卒業するけれども、野球をやめるわけではない、と受け取れます。

秋山氏は選手時代、数々の素晴らしい活躍をし、記録を残しました。しかしなぜかいつも彼について回るのは「地味」だという言葉。
特にライオンズ時代は、言動でもファッションでも目立つ選手が多くいました。彼らに比べると確かに地味な印象があり、それを払拭しようと「バック宙ホームイン」が生まれました。

しかし本当に秋山氏は「地味」だったのか?
弾道が落ちずにそのままぐんぐんと伸びていくホームラン。
素早いというよりも、馬力のあるサラブレットのような走塁。
浅い位置からでも深い当りにゆうゆう追いつき、二塁走者を進塁させない守備。
テレビではなく、球場で見た秋山氏のプレーは、どれも特別でした。

現場にいない人が、ついつい目立つ者だけを評価する。世間でもありがちな事です。
しかしプロの世界は結果がすべて。秋山氏は結果ですべてを語っています。

選手を卒業した秋山氏は監督になっても、その実績のわりに「地味」な扱いが多かった気がします。ただ野球自体を卒業しない限り、またその力を見せてくれる筈です。
その時は、ぜひ球場に行きましょう。
秋山氏の真価は、球場で見なければわからないので。

 

名言からの学び

・土壇場でもあれこれ動じず、それまでにつちかった経験をもとに、次の準備を怠らなければ、おのずと結果はついてくる。

・本物のプロであるためには、立ち止まってはいけない。現状に満足せず、常に先を考え続ける事。

・「卒業」は引退ではない。何かを「卒業」しても、まだその先がある。

 

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