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北海道日本ハムファイターズの歴代投手(エース)一覧まとめ!最強選手や最高年俸ランキングも合わせてチェック!

球史に名を残す大投手たちがマウンドに上がり活躍してきた北海道日本ハムファイターズ。

今回はその北海道日本ハムファイターズに所属した歴代投手をリサーチして、最強の投手(エース)についてまとめてみました。

それでは一緒に確認していきましょう!!

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北海道日本ハムファイターズの歴代投手(エース)一覧まとめ!

1950年以降、そのシーズンの主な先発・中継ぎ・抑えの選手を一覧表にしてみました。

まずは先発から見てみましょう。そのシーズンで先発登板があり、最も多く勝ち星を挙げた投手を掲載しています。

北海道日本ハムファイターズの歴代投手(先発)一覧まとめ!

選手名 背番号 先発登板 防御率 勝利数 投球回 完投数 タイトル
1950 米川 泰夫 19 36 3.24 23 363.2 27 最多奪三振
1951 米川 泰夫 19 32 2.35 19 294.2 27
1952 緒方 俊明 26 13 4.37 10 137.2 6
1953 米川 泰夫 19 35 2.76 16 274 21 最多奪三振
1954 米川 泰夫 19 25 2.43 23 240 15
1955 米川 泰夫 19 32 2.26 22 321 25
1956 福島 郁夫 43 15 1.62 13 155.2 7
1957 牧野 伸 37 38 2.06 15 283.1 12
1958 土橋 正幸 21 28 2.12 21 309.2 18
1959 土橋 正幸 21 34 2.36 27 339 21
1960 土橋 正幸 21 32 3.14 12 263.1 17
1961 土橋 正幸 21 37 1.90 30 393 25
1962 尾崎 行雄 19 19 2.42 20 207.2 9 新人王
1963 土橋 正幸 21 32 3.05 20 301 15
1964 嵯峨健四郎 45 31 2.68 21 225.1 7
1965 尾崎 行雄 19 37 1.88 27 378 26 最多勝利、最多奪三振、ベストナイン
1966 尾崎 行雄 19 29 2.62 24 292 15
1967 森安 敏明 26 35 3.45 15 294.2 15
高橋 善正 18 27 2.46 15 226.2 5 新人王
1968 森安 敏明 26 39 3.37 16 341.2 16
1969 金田 留広 34 19 3.63 18 206 6
1970 金田 留広 34 32 2.71 24 316.1 21
1971 金田 留広 34 28 2.99 15 268 14
1972 金田 留広 34 33 3.24 20 275 18 最多勝利
1973 新美 敏 16 27 3.65 12 222.1 6 新人王
高橋 直樹 21 25 3.31 12 171.1 5
1974 新美 敏 16 41 3.83 12 209.1 10
1975 高橋 直樹 21 30 2.95 17 256 17
1976 野村 収 19 26 3.04 13 231 12
高橋 直樹 21 32 3.25 13 230 19
1977 高橋 直樹 21 36 2.97 17 278.2 19
1978 佐伯 和司 32 30 4.10 13 225.2 14
1979 高橋 直樹 21 28 2.76 20 254 21
1980 木田 勇 16 26 2.28 22 253 19 最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率、MVP、新人王、ベストナイン、ダイヤモンドグラブ賞
1981 間柴 茂有 19 21 3.46 15 150.2 9 最高勝率
1982 工藤 幹夫 15 24 2.10 20 197 12 最多勝利、最高勝率、ベストナイン
1983 川原 昭二 14 2 3.40 11 145.2 0
1984 田中 富生 11 25 4.81 8 174 7
1985 柴田 保光 13 24 3.28 11 194.2 13
1986 柴田 保光 13 21 3.38 14 159.2 7
1987 西崎 幸広 21 28 2.89 15 221.1 16
1988 西崎 幸広 21 29 2.50 15 241.2 21 最多勝利、ベストナイン、ゴールデングラブ賞
松浦 宏明 0 16 2.76 15 169.1 10 最多勝利
1989 西崎 幸広 21 27 3.55 16 208 17
1990 柴田 保光 13 27 3.11 12 202.1 12
西崎 幸広 21 27 3.88 12 192.2 10
1991 西崎 幸広 21 15 3.16 10 116.2 7
1992 金石 昭人 23 25 3.77 14 183.2 13
1993 西崎 幸広 21 22 2.20 11 175.2 17
1994 西崎 幸広 21 24 4.08 8 181 12
河野 博文 18 25 3.84 8 143 3
1995 グロス 60 31 3.04 16 231 15 最多勝利
1996 グロス 60 28 3.62 17 193.2 8 最多勝利
1997 グロス 60 33 3.63 13 233.1 8
1998 岩本 勉 18 27 4.11 11 181.2 10
1999 岩本 ツトム 18 27 3.81 13 189 9
2000 関根 裕之 47 23 4.90 10 137.2 4
2001 下柳 剛 24 21 5.06 9 121 3
2002 金村 暁 16 23 3.17 10 167.2 2
2003 ミラバル 00 31 4.65 16 193.2 3
2004 金村 暁 16 25 3.93 13 167.1 1
2005 金村 暁 16 25 3.62 13 174 4
2006 八木 智哉 29 26 2.48 12 170.2 5 新人王
ダルビッシュ有 11 24 2.89 12 149.2 3
2007 ダルビッシュ有 11 26 1.82 15 207.2 12 最多奪三振、沢村賞、MVP、ベストナイン、ゴールデングラブ賞
2008 ダルビッシュ有 11 24 1.88 16 200.2 10 ゴールデングラブ賞
2009 ダルビッシュ有 11 23 1.73 15 182 8 最優秀防御率、MVP、ベストナイン
2010 武田 勝 38 26 2.41 14 168.1 3
2011 ダルビッシュ有 11 28 1.44 18 232 10 最多奪三振
2012 吉川 光夫 19 25 1.71 14 173.2 5 最優秀防御率、MVP、ベストナイン
2013 木佐貫 洋 29 24 3.66 9 145 2
ウルフ 17 22 3.05 9 130 1
2014 大谷 翔平 11 24 2.61 11 155.1 3
2015 大谷 翔平 11 22 2.24 15 160.2 5 最多勝利、最優秀防御率、最高勝率、ベストナイン
2016 有原 航平 16 22 2.94 11 156 2
2017 有原 航平 16 25 4.74 10 169 4
2018 上沢 直之 15 25 3.16 11 165.1 4
2019 有原 航平 16 24 2.46 15 164.1 1 最多勝利
2020 有原 航平 16 20 3.46 8 132.2 3
上沢 直之 15 15 3.06 8 97 1
バーヘイゲン 36 18 3.22 8 111.2 1
2021 上沢 直之 15 24 2.81 12 160.1 1
2022 伊藤 大海 17 23 2.95 10 155.2 2
2023 上沢 直之 15 24 2.96 9 170 2
2024 伊藤 大海 17 26 2.65 14 176.1 5 最多勝利、最高勝率
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1950年代

50年代は48年に入団した落ちるボール「ヨネボール」を武器とした米川泰夫投手がエースとして君臨しました。入団3年目の50年はリーグ最多投球回数を投げて23勝を挙げ、故障で1勝に終わった52年を除いて、55年まで5シーズンで15勝以上を記録、うち3シーズンで20勝を超えました。

米川投手が戦線を離脱した52年はシーズン途中にトレードで西鉄から入団した緒方俊明投手、米川投手が10勝に終わった56年は高卒2年目の福島郁夫投手が13勝を記録しました。

57年は前年に高卒ルーキーながら開幕投手を務めた牧野伸投手が15勝、58年は高校卒業後軟式野球で活躍し、テストを経て55年に入団していた土橋正幸投手が前年の5勝から21勝と大きく勝ち星を伸ばし、59年も27勝を挙げて21完投と大車輪の働きを見せました。

1960年代

土橋投手は61年に30勝を挙げる活躍を見せましたが最多勝利のタイトルには届かず、63年にも20勝を挙げてチームトップの成績を残しましたが、この年もタイトルには手が届きませんでした。

高校を退学して62年からプロの舞台へ足を踏み入れた尾崎行雄投手は剛速球を武器にいきなり20勝を記録して新人王を獲得、65年には最多勝利とベストナインを受賞しました。

64年に20勝を記録した尾崎投手を上回る21勝を挙げたのは嵯峨健四郎投手で、この年初めて規定投球回をクリア、66年は尾崎投手が24勝、67年は森安敏明投手と中央大学から入団したルーキーの高橋善正投手がチームトップの勝ち星を挙げ、高橋投手は新人王に輝きました。

翌68年も森安投手がチーム勝ち頭になり、69年は先発・リリーフにフル回転だったルーキーの金田留広投手が18勝を挙げましたが、新人王は惜しくも逃しました。

1970年代

金田投手は70年から先発に比重を置き、70年に24勝を記録し、72年には初の最多勝利のタイトルを獲得しました。金田投手がピッチャーライナーで右手人差し指を骨折した73年は72年のドラフト1位だった新美敏投手とプロ6年目だった高橋直樹投手が投手陣を牽引し、新美投手は新人王、高橋投手は6月にノーヒットノーランを達成しました。

新美投手は74年もチームトップの勝利数を記録し、高橋投手は75年から77年に加えて79年もエースとして活躍、76年は金田投手とのトレードで74年にロッテから入団していた野村収投手も勝ち星を重ねました。

78年は開幕投手を務めた佐伯和司投手が13勝を挙げ、日本ハムが親会社となった74年以降で初めてのAクラス入りに貢献しました。

1980年代

80年にルーキーが輝かしい成績を残しました。79年のドラフト1位で入団した木田勇投手は22勝を挙げ、最多勝利、最優秀防御率、最高勝率の投手三冠に加えて、新人王と史上初めてルーキーでのMVP受賞を果たし、タイトルを総なめしました。

木田投手が打ち込まれるシーンが目立った81年は78年に大洋からトレードで加入していた間柴茂有投手当時のプロ野球記録となる開幕から14連勝、シーズン終了時の成績は15勝0敗で戦後初の勝率10割を達成して最高勝率のタイトルを獲得しました。

82年は工藤幹夫投手が20勝を記録して最多勝利と最高勝率ベストナインに輝き、3年連続でファイターズの投手が最高勝率のタイトルを獲得することとなりました。

83年はリリーフ中心だった川原昭二投手がチームトップの勝ち星を挙げ、最下位に終わりチームとして44勝に終わった84年は田中富生投手の8勝が最多でした。

84年にトレードで西武から入団していた柴田保光投手は85年にローテーションの一角を担い、スライダーとシュートの横の揺さぶりに加えてカーブを投じるスタイルで打者を打ち取り11勝を挙げ、翌年は14勝をマーク、柴田投手が右肘の手術で戦列を離れた87年はルーキーの西崎幸広投手が15勝を記録、翌年は松浦宏明投手とともに最多勝利のタイトルを獲得し、89年も16勝を挙げました。

1990年代

90年は柴田投手と西崎投手、91年も西崎投手がトップの勝ち星を記録し、92年は前年オフに広島からトレードで入団した金石昭人投手が自己最多となる14勝をマークしました。

西崎投手、金石投手の2人に加えてサウスポーの河野博文投手もローテーションを担っていましたが、金石投手は93年途中にリリーフに転向、河野投手は95年オフにFAで巨人に移籍し、代わりにエースとして君臨したのは94年シーズン途中に加入したキップ・グロス投手でした。

来日2年目となった95年は16勝を挙げて最多勝利のタイトルを獲得すると翌年も17勝で同タイトルを受賞、97年まで3年連続で二桁勝利を達成しました。

高卒6年目の96年に初めて二桁勝利を記録していた岩本勉投手は開幕投手を務めた98年と99年にチームトップの勝利数を記録しました。

2000年代

00年代は後半に日本を代表する大エースが登場しました。99年にプロ5年目で初めて二桁勝利を記録した関根裕之投手は00年も二桁勝利を達成、関根投手が故障に苦しんだ01年はサウスポーの下柳剛投手が9勝を挙げましたが、防御率は5.06を記録しました。

01年に開幕投手を務めながら02年は中継ぎスタートだった金村暁投手はシーズン途中に先発に回り、パームボールを武器に10勝を記録、04年と05年にもチームトップの勝ち星を挙げました。

03年は00年と01年に抑えでチーム最多セーブを記録していたカルロス・ミラバル投手が先発転向後最多となる16勝を挙げ、06年に12勝を挙げて新人王を獲得したサウスポーの八木智哉投手とともにチーム勝ち頭となったのはプロ2年目だったダルビッシュ有投手でした。

ダルビッシュ投手は06年に初めて開幕ローテーション入りを果たし、翌年は初めて開幕投手を務め15勝を挙げて最多奪三振、沢村賞、MVPを獲得、09年には最優秀防御率と2回目のMVPに輝く等、09年までの4年間で43勝を記録して投手陣を牽引しました。

2010年代

多彩な球種を投げ分け、どの球種も一級品のダルビッシュ投手は11年に自己最多となる18勝を挙げてシーズン終了後にメジャーリーグに挑戦することとなりましたが、10年に12勝だったダルビッシュ投手を上回る14勝を挙げた武田勝投手は、技巧派左腕として球速差のないストレートとスライダーやチェンジアップを投げ分け、相手打者を打ち取りました。

ダルビッシュ投手退団後の12年は強いストレートが武器の吉川光夫投手最優秀防御率とMVPを受賞、13年はオリックスからトレードで加入した木佐貫洋投手ブライアン・ウルフ投手が奮闘しましたが、二桁勝利には届きませんでした。

12年のドラフト1位で入団し、投打の二刀流として注目されていた大谷翔平選手は14年に11勝を挙げてチーム勝ち頭となり、二桁本塁打も記録してプロ野球史上初の二桁勝利・二桁本塁打を達成しました。翌15年は最多勝利、最優秀防御率、最高勝率に加えてベストナインに選出され、投手として初めてのタイトルを獲得、16年には投手と指名打者の2部門でベストナインに選ばれましたが、大谷選手を上回る勝利数を記録したのはプロ2年目の有原航平投手でした。

有原投手は最速155キロのストレートとカットボール、フォークボールを駆使して先発の柱として活躍、制球力に優れた上沢直之投手とともに10年代後半のファイターズ投手陣を牽引しました。

コロナ禍だった20年は有原投手、上沢投手、来日1年目のドリュー・バーヘイゲン投手が8勝を挙げ、有原投手はシーズン終了後にメジャーリーグ挑戦を表明、21年と23年にチームトップの勝ち星を挙げた上沢投手もマイナー契約からのメジャーリーグ昇格を目指して23年限りで退団しました。

22年に10勝を挙げ、24年に初の最多勝利と最高勝率のタイトルに輝き、東京オリンピックやWBCで日本代表として登板した経験のある伊藤大海投手が今後もファイターズ投手陣の中心として活躍を続けていくことが期待されています。

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北海道日本ハムファイターズの歴代投手(中継ぎ)一覧まとめ!

続いて中継ぎ投手の一覧です。最優秀中継ぎのタイトルが創設された1996年からの表になります。05年にホールドポイント(ホールド+救援勝利)が導入されるまでは登板数が一番多い投手を掲載しています。

選手名 背番号 登板数(リリーフ) 防御率 勝利数 ホールドポイント タイトル
1996 島崎 毅 48 54 2.31 5 - 最優秀中継ぎ
1997 下柳 剛 24 64 3.77 9 -
1998 下柳 剛 24 66 3.07 2 -
1999 下柳 剛 24 62 3.61 1 -
2000 原田 健二 33 58 4.45 0 -
2001 高橋 憲幸 42 59 4.11 0 -
2002 建山 義紀 22 45 2.29 3 -
2003 芝草 宇宙 29 58 4.02 3 -
2004 芝草 宇宙 29 50 5.43 2 -
2005 建山 義紀 22 45 3.68 4 14
2006 武田 久 21 75 2.09 5 45 最優秀中継ぎ
2007 武田 久 21 64 2.42 6 33
2008 武田 久 21 62 4.40 4 25
2009 菊地 和正 47 58 3.67 5 26
2010 建山 義紀 22 58 1.80 1 26
2011 増井 浩俊 43 56 1.84 0 34
2012 増井 浩俊 19 73 2.76 5 50 最優秀中継ぎ
2013 宮西 尚生 25 57 1.74 3 33
2014 宮西 尚生 25 62 2.16 1 42
2015 宮西 尚生 25 50 2.70 3 28
2016 宮西 尚生 25 58 1.52 3 42 最優秀中継ぎ
2017 宮西 尚生 25 51 3.32 4 29
マーティン 55 40 1.19 0 29
2018 宮西 尚生 25 55 1.80 4 37 最優秀中継ぎ
2019 宮西 尚生 25 55 1.71 1 44 最優秀中継ぎ
2020 玉井 大翔 54 49 3.64 4 25
2021 堀 瑞輝 34 60 2.36 3 42 最優秀中継ぎ
2022 玉井 大翔 54 50 3.35 1 20
2023 池田 隆英 52 50 2.86 1 26
2024 河野 竜生 28 52 2.13 1 34 最優秀中継ぎ
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1990年代

96年に54試合に登板した島崎毅投手パリーグ初の最優秀中継ぎ投手となり、97年に64試合に登板した下柳剛投手は先発登板が1試合のみでしたが規定投球回数に到達し、99年まで3年連続で60試合以上の登板し、00年から先発に回りました。

2000年代

00年と01年はともに変則サウスポーの原田健二投手高橋憲幸投手が登板を重ね、02年は右サイドスローの建山義紀投手が45試合で防御率2.29と安定した投球を披露し、建山投手が抑えに回った03年は前年主にストッパーで起用されていた芝草宇宙投手が配置転換され、翌04年も中継ぎとして最多登板を果たしました。

04年に最優秀中継ぎのタイトルを獲得していた建山投手はホールドポイントが導入された05年に14ホールドポイントを記録、06年はプロ4年目の武田久投手が球団史上最多となる75試合に登板して45ホールドポイントで最優秀中継ぎに輝き、セットアッパーとして08年まで活躍し、09年から抑えに回りました。

09年は菊地和正投手が登板を重ね、リリーフ陣を支えました。

2010年代

10年は建山投手が安定した投球を披露し、同年シーズオフにFAでメジャーリーグに挑戦、11年からの2年は増井浩俊投手が力強いストレートと落差の大きいフォークボールを武器に活躍し、12年に50ホールドポイントで最優秀中継ぎに輝きました。

13年から19年まではサウスポーの宮西尚生投手が毎年50試合以上に登板、セットアッパーとして勝利に貢献し、最優秀中継ぎを3回獲得しました。

その宮西投手と17年にリリーフ陣を支えたのは前年抑えを務めたクリス・マーティン投手で、最速158キロのストレートと相手打者をなぎ倒しました。

20年からは若手投手の奮闘が光り、多彩な変化球が特徴の玉井大翔投手、サウスポーの堀瑞輝投手河野竜生投手、21年シーズン前にトレードで楽天から加わった剛腕・池田隆英投手が好リリーフでチームを救い、堀投手が21年に、河野投手が24年に最優秀中継ぎのタイトルを獲得しました。

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北海道日本ハムファイターズの歴代投手(抑え)一覧まとめ!

ここではその年一番多くセーブを記録した投手を掲載しています。

74年からセーブがプロ野球に導入されましたが、抑え専門で登板する投手は少なく、ロングリリーフをして結果的にセーブがついているケースが多くありました。また、先発の合間にリリーフをこなす選手もおり、そのため登板数に比べて投球回数が多い選手が多くいました。

選手名 背番号 登板数(リリーフ) 防御率 勝利数 セーブ数 タイトル
1974 高橋 直樹 21 13 3.21 9 3
藤原 真 12 27 3.91 2 3
1975 皆川 康夫 27 49 2.20 8 10
1976 高橋 一三 18 13 3.38 10 3
1977 宮本 幸信 16 41 2.00 6 7
1978 村上 雅則 37 55 3.02 12 10
1979 村上 雅則 37 45 4.18 5 11
1980 木田 勇 16 14 2.28 22 4 最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率、MVP、新人王、ベストナイン、ダイヤモンドグラブ賞
高橋 一三 18 12 3.56 9 4
1981 江夏 豊 26 45 2.82 3 25 最優秀救援
1982 江夏 豊 26 55 1.98 8 29 最優秀救援
1983 江夏 豊 26 51 2.33 2 34 最優秀救援
1984 川原 昭二 14 42 3.77 4 14
1985 川原 昭二 14 34 3.20 6 7
1986 田中 幸雄 12 47 3.29 3 13
1987 松浦 宏明 59 48 3.54 8 8
1988 河野 博文 18 33 2.38 6 9 最優秀防御率
1989 佐藤 誠一 17 46 3.71 6 18
1990 武田 一浩 15 35 2.98 10 13
1991 武田 一浩 15 41 4.04 4 18 最優秀救援
1992 白井 康勝 48 43 3.49 9 10
1993 金石 昭人 23 31 2.09 9 13
1994 金石 昭人 23 37 2.51 6 18
1995 金石 昭人 23 32 2.02 2 25
1996 金石 昭人 23 28 2.10 1 20
1997 島崎 毅 48 49 3.98 6 11
1998 黒木 潤司 26 41 4.80 4 8
シュールストロム 23 38 3.00 7 8
1999 黒木 潤司 26 50 3.54 3 8
2000 ミラバル 00 48 3.65 1 19
2001 ミラバル 00 50 3.44 2 18
2002 芝草 宇宙 29 55 3.58 4 11
井場 友和 14 45 3.77 1 11
2003 建山 義紀 22 32 2.17 2 15
2004 横山 道哉 15 58 3.39 4 28 最優秀救援
2005 横山 道哉 15 48 4.47 1 12
2006 MICHEAL 36 64 2.19 5 39 最多セーブ
2007 MICHEAL 36 56 2.16 1 34
2008 MICHEAL 36 46 2.14 2 28
2009 武田 久 21 55 1.20 3 34 最多セーブ
2010 武田 久 21 58 3.83 1 19
2011 武田 久 21 53 1.03 2 37 最多セーブ
2012 武田 久 21 56 2.32 4 32 最多セーブ
2013 武田 久 21 47 2.28 2 31
2014 増井 浩俊 19 56 2.48 5 23
2015 増井 浩俊 19 56 1.50 0 39
2016 マーティン 55 52 1.07 2 21
2017 増井 浩俊 19 52 2.39 6 27
2018 石川 直也 51 52 2.59 1 19
2019 秋吉 亮 39 53 2.96 0 25
2020 秋吉 亮 39 33 6.37 1 12
2021 杉浦 稔大 57 56 2.96 3 28
2022 北山 亘基 57 54 3.51 3 9
2023 田中 正義 26 47 3.50 2 25
2024 田中 正義 26 53 2.17 4 20
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1970年代

ファイターズではリリーフ中心で登板した投手がシーズン最多セーブを記録していることが多く、リリーフ登板が10試合そこそこだった74年の高橋直樹投手と76年の高橋一三投手以外はリリーフでの登板が多く、74年の藤原真投手の先発登板は4試合のみ、75年に10セーブを記録した皆川康夫投手はすべてリリーフ登板でした。

広島から移籍1年目の77年に7セーブを挙げた宮本幸信投手も41試合すべてリリーフで登板し、78年に二桁勝利と二桁セーブを記録した村上雅則投手は2試合だけ先発し、先発での勝利はありませんでした。

1980年代

80年は先発として投手三冠に輝いた木田勇投手とローテーションの一角を担った高橋一三投手の4セーブが最多でしたが、81年からはトレードで広島から加入した江夏豊投手が最終回のマウンドに君臨し、83年まで広島時代の79年から5年連続となる最優秀救援のタイトルを獲得しました。

84年と85年にチームトップだった川原昭二投手はリリーフ専門、膝の故障で離脱した川原投手に代わり抑えに抜擢された田中幸雄投手もすべてリリーフで登板し、分業制が確立されていきました。

87年に8勝8セーブを記録した松浦宏明投手は翌年先発に回り、88年に9セーブを挙げたサウスポーの河野博文投手は先発で登板することも多く、規定投球回数に到達して最優秀防御率に輝きました。

89年は先発から転向した佐藤誠一投手が18セーブを挙げる活躍を見せました。

1990年代

90年に抑えに抜擢された武田一浩投手はプロ2年目だった前年は先発ローテーションの一角を担っていましたが、サイドスローから放たれる切れ味抜群のスライダーを武器に試合を締める役割を担い、91年に最優秀救援のタイトルを獲得しました。

武田投手が先発再転向を直訴した92年は白井康勝投手、93年は先発として期待されていながらもオープン戦で負傷してローテーションを外れた金石昭人投手がチーム事情から抑えで起用され、96年までチーム最多セーブを記録しました。

97年は前年に金石投手とともにダブルストッパーとして起用されていた島崎毅投手、島崎投手が不調に陥った98年は黒木潤司投手と来日1年目だったエリック・シュールストロム投手が穴を埋め、8セーブを記録しました。

2000年代

00年に来日したカルロス・ミラバル投手は2年連続でチームトップのセーブ数を記録しましたが、走者を置くと不安定な投球を見せることが多く、02年から先発に回り、芝草宇宙投手井場友和投手が代わりに起用されましたが、03年は2人も不調に苦しみ、建山義紀投手が中継ぎから回り15セーブを記録しました。

建山投手は04年も抑えとして期待されていましたが、開幕2試合目でコンディション不良により離脱、03年オフに横浜からトレードで移籍してきた横山道哉投手が抜擢され、落差の大きなフォークボールを武器に28セーブを記録して最優秀救援のタイトルを獲得しました。翌年も横山投手は抑えで起用されましたが、救援失敗が目立つようになりシーズン中盤に中継ぎに転向、日本で生まれ3歳からオーストラリアで過ごし、04年のドラフト会議で4巡目指名を受けて入団していたMICHEAL投手が抑えで起用されるようになり、06年に39セーブを挙げて最多セーブに輝きました。

変則的な投球フォームから曲がりの大きいスライダーやカーブを駆使して相手打者を打ち取ったMICHEAL投手は08年までの3年間で65セーブを記録しましたが、08年シーズンオフに電撃的な複数トレードの一員として巨人に移籍、セットアッパーだった武田久投手が抑えに回り、09年は防御率1.20、34セーブを挙げる活躍を見せ、最多セーブを獲得しました。

2010年代

武田投手は10年以降も抑えとして君臨し、11年から2年連続で最多セーブを獲得、13年には通算150セーブを達成しましたが、14年は不調で苦しみ、以降は抑えを務めることはありませんでした。代わりをセットアッパーの経験があり、13年に通算100ホールドを達成していた増井浩俊投手が務め、14年は23セーブ、15年は39セーブを挙げる活躍を見せました。

増井投手は16年も抑えとしてシーズンインしましたが、失敗するケースが目立った6月に登録を抹消され、以降は先発として登板するようになり、代役を務めたクリス・マーティン投手が21セーブを記録しました。

17年は増井投手が再びストッパーに戻りましたが、同年オフにFAでオリックスに移籍、18年は石川直也投手、19年からの2年は秋吉亮投手が最終回のマウンドを任されましたが、絶対的な守護神にはなれず、21年は杉浦稔大投手が抜擢され、28セーブを挙げました。

22年は新人ながら開幕投手を務め、就任した新庄剛志監督の変幻自在な起用に応えた北山亘基投手がチームトップを記録し、16年のドラフト会議で5球団から1位指名を受けてホークスに入団した田中正義投手がFAで移籍した近藤健介選手の人的補償として23年に入団しました。それまで期待されながら思うような成績を残せていませんでしたが、環境が変わったことがプラスに働き、自己最多となる47試合に登板して25セーブを記録、24年も20セーブを挙げて2年連続最下位だったチームを2位に押し上げる原動力となりました。

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【北海道日本ハムファイターズ】歴代投手の年俸ランキング!歴代最高年俸はダルビッシュ有投手の5億円!

ここでは北海道日本ハムファイターズの歴代投手を年俸で順位付けしてみました。なお、年俸と成績は先発・中継ぎ・抑えとしてチームトップの成績を残したシーズンの数字を記載しています。

投手の年俸は先発投手が高くなる傾向がありますが、北海道日本ハムファイターズのトップ5には先発投手が3人、リリーフ投手が2人ランクインしました。

順位 年度 選手名 年俸 防御率 勝利数 登板数
1 2011 ダルビッシュ有 5億0000万円 1.44 18 28
2 2019 宮西 尚生 2億5000万円 1.71 1 55
3 2013 武田 久 2億4000万円 2.28 2 47
4 2023 上沢 直之 1億7000万円 2.90 9 24
5 2005 金村 暁 1億6000万円 3.62 13 25
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1位はダルビッシュ有投手で、11年の5億円が歴代最高年俸となりました。メジャーリーグ挑戦前最後のシーズンとなったこの年は防御率1.44、18勝を挙げる活躍を見せ、圧倒的な成績を残して海を渡ることとなりました。

2位は19年の宮西尚生投手2億5000万円です。毎年50試合以上に登板したタフネスサウスポーは、19年も55試合に登板してファイターズ中継ぎ陣を支えました。

3位は13年の武田久投手です。セットアッパーを経て抑えに回ると初年度だった09年にいきなり最多セーブのタイトルを獲得しました。12年に3回目のタイトルを獲得すると年俸は2億4000万円になりました。

4位は23年に1億7000万円でプレーし、同年オフにメジャーリーグを目指すために退団した上沢直之投手です。10年代後半から先発ローテーションの一角を担い、安定した投球で勝ち星を積み重ね、23年もチームトップの9勝を挙げました。

5位は05年の金村暁投手。パームボールを武器に相手打者を打ち取り、00年代前半のファイターズ投手陣を牽引、1億6000万円で契約した05年も前年に続いて13勝をマークしてエースの働きを見せました。

 

私が思う最強の北海道日本ハムファイターズの歴代投手はダルビッシュ有投手!

多くの名投手がマウンドに上がってきた北海道日本ハムファイターズの投手で、歴代最強の投手は絶対的エース・ダルビッシュ有投手だと考えます。

ここで、ダルビッシュ有投手のプロフィールを確認していきましょう。

職業:プロ野球選手
生年月日:1986年8月16日
身長:196cm
出身:大阪府
最終学歴:東北高校
血液型:A型

1986年(昭和61年)8月16日生まれ、大阪府羽曳野市出身。2004年のドラフト会議で1巡目指名を受けて、東北高校から北海道日本ハムファイターズに入団しました。

プロ1年目はキャンプ中に発覚した不祥事と右膝の怪我もあり出遅れましたが、5月に二軍で実戦デビューを果たすと6月には一軍に昇格し、初登板初先発初勝利を達成、1年目は14試合に登板して5勝を記録しました。

2年目は開幕ローテーション入りを果たして12勝を記録、3年目は開幕投手を務めて15勝を挙げ、沢村賞の全7項目を達成して沢村賞を獲得して、最多奪三振、ベストナイン、ゴールデングラブ賞に加えてチームの連覇に大きく貢献したことからMVPを受賞しました。

その後も毎年二桁勝利を記録し、最多勝利のタイトル獲得はなりませんでしたが、高い勝率、完投数と奪三振の多さ、防御率の低さは群を抜いており、メジャーリーグに挑戦するまでの7年間で167試合に登板し、防御率1.99、93勝、勝率.710、奪三振数は1250を数えました。

150キロ後半に迫るストレート、どの球種も一級品の数々の変化球をコースに投げ分け、特に打者の視界から消えるスライダーと手元で浮き上がるようなカットボールは日米で絶賛されています。

ファイターズでの7年間で数々のタイトルを獲得し、日本代表でもエースとして活躍、38歳となった今でもメジャーリーグで活躍を続ける「絶対的エース」のダルビッシュ有投手が北海道日本ハムファイターズ史上歴代最強のエースで間違いありません。

北海道日本ハムファイターズの歴代投手に関する豆知識

20年のドラフト1位で入団し、1年目から10勝を挙げ、東京オリンピックやWBCでもマウンドに上がった伊藤大海投手

プロ4年目の24年は初の最多勝利のタイトルを獲得しましたが、伊藤投手の投球スタイルには特徴があります。

力強いストレートと切れ味鋭いスライダーやフォークボールを武器にしていますが、伊藤投手は手汗が多く出ることから、ボールをしっかり握るためにマウンドに置かれている滑り止めのロジンバッグを多く使っています。

なかなか使用しない投手もいる中、伊藤投手は投球前に必ず手のひら全体に粉をつけ、ボールが手から離れる際には白い粉が舞う様子が見られ、23年のオリックス戦では相手先発の山崎福也投手も多く使用する投手だったことからイニング途中に粉が切れて交換のために試合が中断、2人が投げ合ったマウンドは雪が降り積もったように見えたことが話題になりました。


まとめ

・北海道日本ハムファイターズの先発投手は米川泰夫投手や西崎幸広投手、ダルビッシュ有投手が多くのシーズンでチームの勝ち頭だった。

・中継ぎでは宮西尚生投手が複数回タイトルを獲得し、抑えでは武田久投手が2年連続を含む3回タイトルを獲得する活躍を見せた。

・歴代で一番年俸が高かったのは、11年シーズンのダルビッシュ投手の5億円。

・ダルビッシュ投手は高い勝率を記録して、多くの奪三振を奪い、すべてのボールが一級品で数々のタイトルを獲得した北海道日本ハムファイターズ歴代最強の投手である。

 

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