長野久義の凄さが分かる名言・語録集!首位打者も獲得した天才の伝説エピソードから人生哲学まで
さまざまなドラマを生む、プロ野球のドラフト会議ですが、意中の球団ではないとの理由から2度の指名を断り、3度目の正直で入団にこぎつけた選手は、過去に2人しかいません。共に読売ジャイアンツに入団しましたが、ひとりは岡本光、もうひとりは長野久義です。
オールドルーキーともいえる、遅めのプロ入りをした長野ですが、俊足、好守、強打の即戦力として新人王、首位打者などのタイトルに輝き、史上8人目となる代打逆転サヨナラ満塁本塁打を放ち、9年連続で100本安打に2桁本塁打を記録するなど、主力として活躍しています。
2019年シーズンからは、FAによる人的補償として、広島東洋カープに移籍しますが、残念ながらまだ本来の実力を出し切れてはいないようです。しかし強打の右打者として、まだまだ活躍が期待されます。
今回は走攻守そろった万能選手として活躍し、首位打者も獲得した長野久義の伝説エピソードから人生哲学までに迫ります。
長野久義について
まずは長野久義の経歴を追ってみます。
1984年12月6日生まれ、佐賀県三養基郡出身。筑陽学園高校の頃にもプロのスカウトの目にとまりましたが、日本大学へ進学。レベルの高い東都リーグで揉まれ、2季連続で首位打者を獲得し、各種国際大会でも活躍するなど、プロ注目の選手となりますが、2006年のドラフトで北海道日本ハムファイターズに4位指名されると、これを拒否します。
2007年に本多技研に入社し、社会人野球で活躍。2008年のドラフトで千葉ロッテマリーンズが2位指名するも、再び拒否。2009年のドラフトで読売ジャイアンツが1位指名し、念願のジャイアンツ入りを果たします。
2010年、実力派ルーキーらしく開幕1軍に登録され、プロのボールに苦労しながらも規定打席に達して19本塁打を記録し、見事に新人王に輝きます。2011年には4番に座るなど、チームの中心打者として高打率を維持し続け、首位打者を獲得。また史上8人目となる代打逆転サヨナラ満塁本塁打も記録します。
2012年、2年連続で3割を打ち、最多安打を獲得。更には2年連続でベストナインとゴールデングラブ賞も得ます。2013年にWBC日本代表に選ばれ、3年連続となるベストナインとゴールデングラブ賞を獲得しました。
2014年に右ひざを故障した影響から、盗塁が減り、打撃も好不調の波が大きくなりがちになったものの、2018年までシーズン2桁本塁打と100安打を続けます。
2018年オフにFA宣言をした丸佳浩をジャイアンツが獲得しますが、カープはその人的補償として長野に白羽の矢を立て、移籍が決まります。2019年、カープの一員として左投手の際には4番に座るなどしました。
2019年シーズン終了時点で、プロ通算10年間、1316安打、142本塁打、93盗塁、通算打率.285。新人王、首位打者1回、最多安打1回、ベストナイン3回、ゴールデングラブ賞3回。
年齢的にはベテランの域に達したといえる長野ですが、プロ歴はようやく10年を越えたばかりであり、更に磨き上げた技術でまだまだ活躍を見せてくれそうです。
私が選ぶ、長野久義の凄さがわかる名言・語録集
【名言語録その1】
「俺の獲得調査に来たのかなあ」
長野は海外FA権を獲得してから、スタンドに外国人を見つけると、上記のギャグを飛ばすのがお得意だったそうです。事実、長野に注目していたメジャー関係者もいたようですし、アレックス・ラミレスが行ったあるチャリティーオークションに、長野もバットを提供しましたが、それを落札したのはAJことアンドリュー・ジョーンズだったそうで、東北楽天イーグルスでも活躍したメジャーリーグのスターも、長野には一目置いていたようです。
2度もドラフトで入団を断り、オールドルーキーだった長野ですが、彼が入団してきた時、高橋由伸は「こいつにポジションを奪われるかもしれない」と感じたそうです。それほど完成されたプレイヤーとしてプロ入りしてきたのです。
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多くの監督や解説者が天才肌と呼び、長野本人も感覚派であるという打撃ですが、それゆえに派手な活躍をしたり、スランプが続いたりと、不安定な部分があり、2014年に監督だった原辰徳は「長野の打順はどこが一番いいんだろうと試行錯誤しながら考えていますが、合う打順がないね」と話しています。そして「何とか(本人が)合う打順を探してもらいたい」とも言っています。
しかし考えようによっては、どこにもはまらないのが特長だとも言えます。伝統的に戦う形を持ったジャイアンツから、比較的自由なカープに移籍したことで、どこにもはまらない長野の良さが生きるかもしれません。
【名言語録その2】
「今年は記事の中で僕のことを『ベテラン』と表現するのはやめてもらえますか。僕は『まだ35歳』だと思ってやりますから」
25歳でプロ入りした長野ですが、その頃は「脂が乗り切った状態。つまり、思い通りに体が動くのは、あと10年くらいだと思います。10年後は35歳ですか。そこまでやれる人も一握りですからね」と語っています。
また別の機会に35歳になる頃について聞かれて、次のように話しています。
「僕はたぶん、そのころは野球やってないんじゃないかな。というより、先のことは考えない性格なんです。もしかしたらプレー中のけがで、明日から野球ができなくなるかもしれない。今は野球ができるので、野球をしっかりやらないと」
35歳の自分についてどことなく否定的な話が多かった長野ですが、実際にその年齢になり、むしろ前向きなコメントを残しています。
2013年の自主トレーニング中に、当時のWBC監督を務める山本浩二が長野のもとを訪れた時、長野が1.5キロもあるマスコットバットを振っているのを見て、「こんな重いもの、振っているのか」と驚いたという逸話が残っています。
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遠征の時は、私服をたくさんもっていくために、荷物が多くなるというエピソードもあり、遊ぶことも、練習も手を抜かない長野。ダルビッシュ有は「巨人の選手に聞いても長野さんはクソほど評判がいい」と、独特の褒め言葉を送っています。
プロ入りが遅くなった分、社会人としてさまざまな経験を積み、プロとしても実績を重ねて、35歳を越えた長野だけに、自分で感じていた年齢の壁を、自ら破る姿に期待したいです。
【名言語録その3】
「カープファンの皆さんに格好いい姿を見せていないのでね。しっかりと見せられるように、そう思って練習しています」
まさかのFAによる人的補償での移籍に、驚いたファンも多かっただろうと思います。ジャイアンツ入団を熱望して、2度もドラフト指名を蹴った長野だけに、複雑な思いがあったことでしょう。
ジャイアンツとしては、伝統的に育成を重んじるカープだけに、人的補償でベテランを獲ることはないと考えて、若手に重点をおいたプロテクト戦略が外れた、というのが実情のようです。
そんな長野だけに、2019年オフにはFA権を行使して、ジャイアンツに復帰するのではないかという憶測も流れましたが、長野は「チームが勝てなかったことがすごく悔しいですし、個人的にもふがいないシーズンでした」と話し、カープに残留しました。
きっとプロとして、自分を評価してくれた場所で、しっかり仕事をしたいという思いもあるのでしょう。
「あんまり期待しないでもらった方がいいのかなと思いますけど、こっそりやりますんで」
そう長野は話していますが、カープファンはもちろん、ジャイアンツファンもきっと、彼の派手な活躍を期待しているだろうと思います。
名言からの学び
・枠にはまらないことは、大きな長所である。
・年齢の壁は越えるためにある。
・プロは自分を評価してくれる場所で輝く。
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