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北海道日本ハムファイターズの歴代指名打者一覧まとめ!最強選手や最高年俸ランキングも合わせてチェック!

多くの強打者が実力を発揮してきた北海道日本ハムファイターズの指名打者。

今回はそんな北海道日本ハムファイターズの指名打者を務めた歴代選手の成績や最高年俸等についてまとめ、北海道日本ハムファイターズ史上歴代最強の指名打者についてご紹介します。

打撃にすべてを懸けた選手たちの生きざまを振り返っていきましょう!!

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北海道日本ハムファイターズの歴代指名打者一覧まとめ!

まずは指名打者制が採用された1975年以降、そのシーズンの主に指名打者を務めた選手を一覧にしてみました。

選手名 背番号 試合数 打率 本塁打 打点 タイトル
1975 張本 勲 10 119 0.276 15 46
1976 永淵 洋三 10 81 0.260 5 41
1977 永淵 洋三 10 100 0.222 10 24
1978 ロックレア 30 108 0.240 8 38
1979 ユーイング 32 119 0.286 15 65
1980 ソレイタ 39 125 0.290 45 95
1981 ソレイタ 39 128 0.300 44 108 本塁打王、打点王
1982 ソレイタ 39 130 0.281 30 84 ベストナイン
1983 ソレイタ 39 127 0.252 36 84
1984 クルーズ 44 124 0.348 29 96 ベストナイン
1985 クルーズ 44 107 0.321 19 70
1986 津末 英明 23 119 0.285 19 52
1987 岡持 和彦 7 97 0.309 9 36
1988 イースラー 6 97 0.304 19 58
1989 ブリューワ 44 130 0.306 27 73
1990 ウインタース 10 127 0.278 35 97
1991 ベイス 8 116 0.248 16 41
1992 ウインタース 10 120 0.282 35 79
1993 ウインタース 10 130 0.248 35 87
1994 ウインタース 10 130 0.260 22 81
1995 ブリトー 42 56 0.313 21 50
1996 ブリトー 42 126 0.253 29 83
1997 ウィルソン 15 134 0.274 37 94 本塁打王
1998 ウィルソン 15 133 0.255 33 124 本塁打王、打点王、ベストナイン
1999 オバンドー 64 94 0.306 20 62
2000 ウィルソン 15 120 0.294 37 89 ベストナイン
2001 オバンドー 64 52 0.259 15 51
2002 オバンドー 23 118 0.263 26 68
2003 田中 幸雄 6 78 0.275 9 32
2004 小田 智之 51 77 0.322 8 31
2005 セギノール 5 133 0.288 31 86
2006 セギノール 5 132 0.295 26 77 ベストナイン
2007 セギノール 5 134 0.249 21 68
2008 スレッジ 10 113 0.289 16 69
2009 スレッジ 10 117 0.266 27 88
2010 二岡 智宏 23 103 0.262 7 47
2011 稲葉 篤紀 41 137 0.262 12 54
2012 ホフパワー 9 109 0.247 14 37
2013 アブレイユ 42 138 0.284 31 95 本塁打王、ベストナイン
2014 大谷 翔平 11 87 0.274 10 31
2015 近藤 健介 54 129 0.326 8 60
2016 大谷 翔平 11 104 0.322 22 67 MVP、ベストナイン
2017 大谷 翔平 11 65 0.332 8 31
2018 アルシア 4 89 0.222 14 43
2019 清宮幸太郎 21 81 0.204 7 33
2020 中田 翔 6 119 0.239 31 108 打点王、ベストナイン、ゴールデングラブ賞
2021 王柏融 3 95 0.242 9 48
2022 近藤 健介 8 99 0.302 8 41
2023 マルティネス 2 119 0.246 15 66
2024 レイエス 99 103 0.290 25 65
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1970年代

指名打者制が採用された75年は前年まで16年間レフトを守っていた張本勲選手が務め、前年の打率.340から大きく率を下げ、同年オフにトレードで巨人へ移籍したため、ファイターズで過ごした最後の年となりました。

そのタイミングで近鉄からトレードでやってきた永淵洋三選手が76年から2年間指名打者で起用され、78年は開幕直前に加入したジーン・ロックレア選手、79年はサム・ユーイング選手が多く出場しましたが、どちらも思うような成績が残せずに1年限りで退団しました。

1980年代

80年代からは外国人選手の起用が増え、80年から4年間務めたトニー・ソレイタ選手は打線の中心を担い、来日1年目にいきなり45本塁打を記録すると翌年は44本塁打108打点を記録して本塁打と打点の二冠に輝き、毎年30本塁打以上を放ち、82年にはベストナインを受賞しました。

ソレイタ選手が83年限りで引退するとライトを守っていたトミー・クルーズ選手が指名打者に回り、84年に打率.348のハイアベレージを記録してベストナインに選出されました。

85年シーズン終了後にクルーズ選手がチームを離れ、85年にファーストで出場機会を得ていた津末英明選手が86年は119試合に出場し、87年は外野でのレギュラー経験のあった岡持和彦選手が起用され、97試合の出場ながら打率.307を記録しました。

88年シーズン途中に加入したマイク・イースラー選手は4番を務め、チームトップの打率.304と19本塁打を記録、89年はイースラー選手が故障で離脱することが多くなり、代わりに前年腰の怪我で長期離脱して試合出場のなかったトニー・ブリューワ選手が復活し、全試合出場を果たしました。

1990年代

90年代は外国人選手の活躍が光りました。90年に入団したマット・ウインタース選手は94年シーズン終了後に退団し、現役を引退しましたが、レフトを守った91年以外の年に指名打者として出場、90年と92年からの2年間の計3シーズンで35本塁打を放ちました。ウインタース選手がレフトだった91年はビル・ベイス選手が116試合に出場しました。

95年はシーズン途中に加入したバーナード・ブリトー選手が56試合の出場ながら打率.313、21本塁打の好成績を残し、翌年は126試合に出場して29本塁打を記録していましたが、日本の練習法に不満を漏らし、シーズン中に退団しました。

97年に阪急で三冠王を獲得した経験を持つブーマー・ウェルズ氏の紹介でナイジェル・ウィルソン選手が来日し、6月に1試合4打席連続本塁打を放つ等、本塁打を量産して本塁打王に輝き、翌年も2年連続の本塁打王と初の打点王ベストナインを獲得しました。

ウィルソン選手が怪我で離脱した99年は穴埋めとして5月にシャーマン・オバンドー選手をチームは獲得し、日本球界に適応して打率.306、20本塁打の活躍を見せました。

2000年代

ウィルソン選手は00年に復活して37本塁打を放ちベストナインを受賞しましたが、01年は再び戦列を離れ、代わりをオバンドー選手が務めました。そのオバンドー選手は02年に自己最多となる118試合に出場して26本塁打を記録しましたが、同年限りで退団しました。

03年は田中幸雄選手、04年は小田智之選手が起用されましたが、05年からは再び外国人選手が務め、05年から3年間務めたフェルナンド・セギノール選手は両打席から本塁打を量産し、06年に自身2回目となるベストナインを受賞、07年限りでセギノール選手がチームを離れるとターメル・スレッジ選手をチームは獲得し、2年間で43本塁打を放ちました。

2010年代

08年オフに巨人からトレードで移籍していた二岡智宏選手が10年に指名打者として多く出場し、11年はライトのレギュラーだった稲葉篤紀選手が肩痛の影響から守備には就かず、指名打者で出場を重ねました。

稲葉選手がファースト移った12年は来日2年目だったマイカ・ホフパワー選手、13年は春季キャンプで入団テストを受けてチームに加わったミチェル・アブレイユ選手が31本塁打を記録して本塁打王とベストナインに輝きました。

投打の二刀流として入団し、14年にプロ入り2年目を迎えていた大谷翔平選手は同年投手として11勝を挙げ、打者としては10本塁打を記録しました。16年は史上初となる10勝、100安打、20本塁打を達成し、こちらも史上初となる投手と指名打者でのベストナインダブル受賞を果たしました。

15年はヒットメーカーの近藤健介選手が指名打者で出場し、近藤選手は22年にも守備には就かずに指名打者としての出場が多くなりました。

18年はオズワルド・アルシア選手、19年は清宮幸太郎選手が起用されましたが、どちらも打率が2割台前半と苦しみ、20年はファーストのレギュラーだった中田翔選手が指名打者としての出場も多く、31本塁打108打点で本塁打王と打点王の二冠に輝きました。

21年以降は22年の近藤選手を除いて外国人選手が務め、21年は台湾出身の王柏融選手、23年は中日から移籍してきたキューバ出身のアリエル・マルティネス選手、24年はドミニカ共和国出身のフランミル・レイエス選手が多くの試合に出場し、レイエス選手は持ち前のパワーで広角に長打を打ち分け、打線の中心を担いました。

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北海道日本ハムファイターズの歴代指名打者年俸ランキング!歴代最高年俸は中田翔選手の2億9000万円!

ここでは北海道日本ハムファイターズの歴代指名打者を年俸で順位付けしてみました。なお、年俸と成績は指名打者のレギュラーとして出場したシーズンの数字を記載しています。

順位 年度 選手名 年俸 打率 試合
1 2020 中田 翔 2億9000万円 0.239 119
2 2017 大谷 翔平 2億7000万円 0.332 65
3 2007 F.セギノール 2億6400万円 0.249 134
4 2021 近藤 健介 2億5500万円 0.302 99
5 2009 稲葉 篤紀 2億0000万円 0.262 137

 

多くの強打者が打線の中心を担った北海道日本ハムファイターズの指名打者ですが、1位は20年に2億9000万円の年俸でプレーした中田翔選手でした。長らくファーストのレギュラーを務めていた右のスラッガーはコロナ禍で迎えた20年にファーストと兼任しながら出場し、108打点を記録して打点王とベストナインを受賞しました。

2位は大谷翔平選手。投打の二刀流で見る人に衝撃を与えてきたスーパープレーヤーは、16年に史上初めて10勝、100安打、20本塁打を記録して投手と指名打者部門のベストナインに選ばれると年俸は2億7000万円に到達しました。17年は怪我もあり65試合の出場でしたが、打率.332を記録しました。

3位にランクインしたのは07年に前年からアップとなる2億6400万円で契約を結びプレーしたフェルナンド・セギノール選手で、本塁打王を獲得したこともある長距離砲は07年も21本塁打を放ちました。

4位は2億5500万円で天性のヒットメーカー・近藤健介選手がランクインし、足の故障もあり15年以来となる指名打者での出場が多くなった22年は99試合の出場にとどまりましたが、打率.302を記録しました。

5位は稲葉篤紀選手で、11年の2億円がランクインしました。04年オフにヤクルトからFAで入団してライトのレギュラーとして出場を続けていましたが、肩痛の影響で11年は指名打者に回り、137試合に出場しました。翌年からはファーストにポジションを移し、その後も安定した成績を残しました。

 

私が思う歴代最強の北海道日本ハムファイターズの指名打者はナイジェル・ウィルソン選手!

強打者たちが担ってきた北海道日本ハムファイターズの歴代指名打者の中で、歴代最強の指名打者は97年から2年連続で本塁打王を獲得したナイジェル・ウィルソン選手ではないでしょうか。

ここで、ナイジェル・ウィルソン選手のプロフィールを確認していきましょう。

職業:元プロ野球選手
生年月日:1970年1月12日
身長:185cm
出身:カナダ
最終学歴:エージャックス高校
血液型:不明

1970年(昭和45年)1月12日生まれ、カナダ・オンタリオ州出身。87年にメジャーリーグのトロント・ブルージェイズと契約、複数球団でプレーした後、97年に当時の日本ハムファイターズに入団しました。

阪急で三冠王を獲得した経験を持つブーマー・ウェルズ氏の推薦によりファイターズでプレーすることになり、来日1年目の97年は6月に1試合4打席連続本塁打を放つ等、本塁打を量産して本塁打王を獲得(37本塁打)しました。

翌98年は長打力に加えて勝負強さに磨きをかけて33本塁打124打点を記録し、2年連続の本塁打王と初の打点王・ベストナインを獲得、クリーンアップの一角として打線を牽引する活躍を見せました。

99年は膝の故障で戦列を離れ6試合の出場でしたが、00年は再び指名打者のレギュラーとして120試合に出場し、自己最多タイとなる37本塁打を記録して2回目のベストナインに選出されました。

レギュラーを務めた3年間で107本塁打を放ち、2回の本塁打王と1回の打点王、2回のベストナインを獲得し、パワフルな打撃でチームの勝利に貢献したナイジェル・ウィルソン選手が北海道日本ハムファイターズ歴代最高の指名打者です。

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北海道日本ハムファイターズの歴代指名打者に関する豆知識

14年と16年、そして17年に指名打者で多くに試合に出場した大谷翔平選手。メジャーリーグ挑戦後も数々の伝説を残している二刀流のスーパープレーヤーは日本球界でも歴史に名を残しています。

プロ2年目だった14年は投手として11勝を挙げ、打撃では10本塁打を記録、プロ野球史上初となる二桁勝利二桁本塁打を記録すると、開幕投手を務めた16年は2回目の二桁勝利二桁本塁打を達成しました。

同年は104安打、22本塁打を記録しており、プロ野球史上初の10勝、100安打、20本塁打をクリアし、初のMVPに加えてこちらも史上初となる投手部門と指名打者部門でのベストナインを受賞、球史に名を残しました。


まとめ

・多くの外国人選手が指名打者のレギュラーとして出場した。

・ソレイタ選手やウィルソン選手が本塁打王を獲得している。

・歴代で一番年俸が高かったのは、20年の中田翔選手の2億9000万円。

・ウィルソン選手は本塁打王2回、打点王1回、ベストナインを2回獲得しており、レギュラーとして出場した3年間で107本塁打を放った北海道日本ハムファイターズ史上歴代最強の指名打者である。

 

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