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【オリックス】歴代監督を成績と一緒に徹底解説!優勝回数最多は西本監督と上田監督!

2017/08/13

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オリックスは長い歴史のある球団です。球団名は買収などにより変更しています。また、オリックスというと近年は成績があまり振るわず厳しい戦いが続いている印象があります。しかし、あのイチロー選手が日本に在籍していた1990年代のオリックスは戦力が高く常に上位を争っていました。その時の監督が仰木彬監督でした。選手との関係を築くのが上手い監督として選手をその気にさせることが上手でしたよね・・・(^^)/

2000年以降は2008年、2014年に2位になってはいるものの、それ以外は全てBクラスの成績となっています。オリックスファンの方には少し寂しい成績が続いていますね。現在は本拠地を大阪にしており、セ・リーグの阪神と共に、関西地区のプロ野球をより盛り上げていくためにはオリックスの活躍は必要不可欠です。

今回はオリックスの歴代監督とその成績についてお伝えしていきますね。

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オリックスの歴代監督について

初代監督から順に記載します。
出身チームについてはプロチームのみの記載です。

三宅大輔監督(1936年~1937年)

生年月日:1893年4月16日
ポジション:捕手、内野手
最高順位: 4位

オリックスの最初の球団である阪急軍の監督となりました。リーグ戦になる前の巨人軍球団として初代監督をしたとも言われています。学生時代は慶應普通部、慶應義塾大学で名捕手として活躍していました。

村山実監督(1937年)

生年月日:1906年7月8日
ポジション:内野手
最高順位: 7位

この当時はプロ野球も年間で2季に分かれて行なわれていました。1937年の秋に監督として指揮を執りました。成績は15勝29敗2分と厳しい成績でこの年で監督を退任しました。

山下実監督(1938年~1939年)

生年月日:1907年3月20日
ポジション:一塁手
出身チーム:阪急軍・名古屋
最高順位: 3位

慶應義塾大学の出身で、大学のリーグ戦では首位打者も獲得しました。大学卒業後は阪急軍に入団しました。プロ野球史上初のサヨナラ本塁打を打った選手としても記録に残っています。2年間指揮を執りましたが、全て3位とAクラスの成績を残しています。

村山実監督(1939年)

生年月日:1906年7月8日
ポジション:内野手
最高順位: 3位

1939年2回目の監督に就任しました。5月5日に就任したので、前任の山下監督からシーズン途中に変わりました。この年の成績は3位と最初に監督を務めた成績よりも上位の成績を残すことができました。

山下実監督(1940年)

生年月日:1907年3月20日
ポジション:一塁手
出身チーム:阪急軍・名古屋
最高順位: 3位

1940年シーズン途中まで2回目の監督を務めました。プロ野球ができた当初はこのように短い期間の間に村山監督、山下監督のように監督を交代させることが多かったことが分かりますよね。ちなみにこの年のチームは3位の成績でした。

井野川利春監督(1940年~1942年)

生年月日:1908年3月30日
ポジション:捕手・内塁手
出身チーム:阪急軍・東急フライヤーズ
最高順位: 2位

1940年から3年間監督兼選手として務めました。主に捕手としてプレーしており選手としても中心の選手でした。1941年には2位にもなり素晴らしい成績を残しました。大学は東京六大学の明治大学出身でした。

西村正夫監督(1943年~1947年)

生年月日:1912年9月1日
ポジション:外野手
出身チーム:阪急軍
最高順位: 3位

選手時代は小柄ながら俊足をいかした1番打者でバント安打を得意としていました。ちなみに身長は164cm、体重56kgでした。監督兼選手としてチームを引っ張り4年間指揮を執りました。最高順位は3位となっています。

浜崎真二監督(1947年~1953年)

生年月日:1901年12月10日
ポジション:投手
出身チーム:阪急ブレーブス
最高順位: 2位

西村正夫監督も小柄でしたが、浜崎真二監督はさらに小柄な監督でした。身長は150cmから160cmまでのいくつかの説があります。また、2014年9月5日に山本昌(中日)選手に破られるまで日本プロ野球史上最高齢公式戦出場記録を保持していました。7年間監督を務め2位が2度の成績でした。

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西村正夫監督(1954年~1956年)

生年月日:1912年9月1日
ポジション:外野手
出身チーム:阪急軍
最高順位: 3位

2回目の監督を3年間務めました。第一次監督の時と同じで最高順位が3位となっています。

藤本定義監督(1957年~1959年)

生年月日:1904年12月20日
ポジション:投手
最高順位: 3位

学生時代は名門松山商業、早稲田大学で投手として活躍していました。鋭いカーブを武器に「カーブの藤本」と呼ばれていました。また、プロ野球の選手待遇の改善のために日本プロ野球選手会を発足させて初代会長に就任しています。

戸倉勝城監督(1960年~1962年)

生年月日:1914年11月3日
ポジション:外野手
出身チーム:毎日オリオンズ・阪急ブレーブス
最高順位: 4位

35歳という高齢でしたが、社会人の大洋漁業からその年(1950年)創設された毎日オリオンズに入団しました。開幕から4番を任され初打席、初本塁打を記録しました。この本塁打がパ・リーグ第一号本塁打と記録されています。監督時代は貧打に泣かされ良い成績をおさめることができませんでした。

西本幸雄監督(1963年~1973年)

生年月日:1920年4月25日
ポジション:内野手
出身チーム:毎日オリオンズ
最高順位: 1位

1950年に30歳という年齢でありながらプロ野球毎日オリオンズに入団しました。毎日ではパ・リーグ優勝、日本一に大きく貢献し、1955年に現役を引退しましたが、1963年から11年間阪急ブレーブスの監督に就任しました。監督として5年目の1967年には初めてのリーグ優勝をし、その後1973年まで5度のリーグ優勝をしましたが、巨人のV9時代で日本シリーズでは一度も勝つことができませんでした。

上田利治監督(1974年~1978年)

生年月日:1937年1月18日
ポジション:捕手
出身チーム:広島カープ
最高順位: 1位

選手時代は広島一筋で捕手をしていました。選手時代はケガに泣かされ好成績を残すことはできませんでしたが、1971年に阪急ブレーブスのヘッドコーチに就任して西本監督と出会い指導者として成功に繋がるきっかけになりました。その後、1974年から5年間監督として指揮をし1年目こそ2位でしたが、その後の4年間は全てリーグ優勝をしました。そのうちの1975年から1977年の3年間は日本シリーズにも勝利し、3年連続の日本一の監督となり名将と言われるようになりました。

梶本隆夫監督(1979年~1980年)

生年月日:1935年4月8日
ポジション:投手
出身チーム:阪急ブレーブス
最高順位: 2位

選手時代は投手として素晴らしい成績を残しました。1年目から20勝をあげましたが、南海の宅和本司に新人王を獲得されました。1957年7月23日の南海戦では公式戦9連続奪三振を記録し今でも記録に残っています。1979年から2年間監督として指揮を執り、1年目は2位の成績でしたが、2年目は5位に沈み監督を退任しました。

上田利治監督(1981年~1990年)

生年月日:1937年1月18日
ポジション:捕手
出身チーム:広島カープ
最高順位: 1位

上田監督の第2期の監督時代は10年間でした。ベテランと若手、助っ人のブーマーも大活躍し1984年にはリーグ優勝を果たしました。1989年から、オリックスに売却され球団名が変更しました。最後の2年間も2位と素晴らしい成績でしたが、勇退しました。その後、オリックスのフロントにも入りましたが、球団と意見が合わずわずか1年で退任となりました。

土井正三監督(1991年~1993年)

生年月日:1942年6月28日
ポジション:内野手
出身チーム:読売ジャイアンツ
最高順位: 3位

選手時代は巨人のV9時代後期セカンドを守っており、緻密な野球ができる器用な選手でした。オリックスの監督を3年間務めました。成績は全てAクラスで3年連続3位でしたが、巨人OBということで選手、ファンから反感をかっていました。チームカラーに馴染めず人気がでない寂しさがありました。

仰木彬監督(1994年~2001年)

生年月日:1935年4月29日
ポジション:内野手
出身チーム:西鉄ライオンズ
最高順位: 1位

1994年から8年間オリックスの監督を務めました。あのメジャーイチロー選手を1軍にあげ大活躍させたり、「パンチ佐藤」こと佐藤和弘選手をメディアに露出させるなど選手想いの監督として慕われていました。1994年から6年間全てAクラスで最後の2年は4位に沈みましたが、名将と言われるほど素晴らしい成績を残しました。1996年には仰木監督自身が初めての監督としての日本一にも輝いています。

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石毛宏典監督(2002年~2003年)

生年月日:1956年9月22日
ポジション:内野手
出身チーム:西武ライオンズ・福岡ダイエーホークス
最高順位: 6位

名将仰木監督の後を引き継ぎました。1年目から成績が残せず、オリックスに球団名が変更してからは初の最下位となりました。球団自体では39年ぶりの最下位となり不名誉な成績となりました。2年目の2003年も開幕から低迷し、4月23日に7勝12敗1分の成績でシーズン序盤でしたが解任されました。

レオン・リー監督(2003年)

生年月日:1952年12月4日
ポジション:内野手
出身チーム:ロッテオリオンズ・横浜大洋ホエールズ・ヤクルトスワローズ
最高順位: 6位

選手時代は10年間日本でプレーして強打者として成績を残していました。2003年にはオリックスの打撃コーチに就任し、16年ぶりに日本球界に戻りました。前任の石毛監督の成績不振で解任となり、その後監督として1年間指揮を執りました。持ち前の打撃をいかした打撃重視の野球スタイルで打撃面は好調でしたが、守備面では精彩を欠き最下位となり、1年で解任となりました。

伊原春樹監督(2004年)

生年月日:1949年1月18日
ポジション:内野手
出身チーム:太平洋クラブライオンズ・読売ジャイアンツ・西武ライオンズ
最高順位: 6位

低迷しているオリックスの救世主と期待され変則の3年契約で監督に就任。しかし、チームを立て直すことができず、2004年も最下位に沈みました。このオフにプロ野球再編問題、チームの合併があり、契約年数がありましたが退任することになりました。

仰木彬監督(2005年)

生年月日:1935年4月29日
ポジション:内野手
出身チーム:西鉄ライオンズ
最高順位: 4位

3年連続の最下位に沈んでいましたが、球団合併によりオリックス・バッファローズの再建を期待され4シーズンぶりに監督に就任しました。就任時から闘病生活を送っていましたが、「グラウンドで倒れたら本望」と病を抱えながら監督を務めました。体調がすぐれずに辛い表情を見ることも多くありましたが、この年の最後までは監督を務めました。しかし、この年の12月15日に病が悪化し死去しました。

中村勝広監督(2006年)

生年月日:1949年6月6日
ポジション:内野手
出身チーム:阪神タイガース
最高順位: 5位

選手指導者として阪神タイガース一筋でしたが、2003年オフにオリックス・ブルーウェーブの取締役常務兼GMに就任しました。2005年監督を勇退した仰木監督の後を受け、2006年は11年ぶりの現場復帰となりましたが、5位の成績と低迷し責任を取るかたちで1年で退任しました。

テリー・コリンズ監督(2007年~2008年)

生年月日:1949年5月27日
ポジション:内野手
最高順位: 6位

2003年シーズン途中から監督となったレオン・リー監督以来の外国人監督として就任しました。しかし、低迷しているチーム状況を変えることができず、1年目は最下位、2年目もシーズン序盤から低迷し立て直す兆しがみえず5月21日の試合後に監督を辞任しました。

大石大二郎監督(2008年~2009年)

生年月日:1958年10月20日
ポジション:内野手
出身チーム:近鉄バッファローズ
最高順位: 2位

2008年5月にコリンズ監督が退任し、一軍監督代行を務めました。チームの考え方を急激に変え、その後は上位争いに加わり、8月2日に監督に昇格しました。2008年は2位という成績を残しました。その勢いで2009年も上昇傾向に持っていきたかったのですが、主力選手などの相次ぐケガなどもあり最下位に終わり責任を取るかたちで解任されました。

岡田彰布監督(2010年~2012年)

生年月日:11月25日
ポジション:内野手・外野手
出身チーム:阪神タイガース・オリックスブルーウェーブ
最高順位:4位

選手時代も阪神タイガースの中軸を打ち素晴らしい打撃センスの持ち主でした。阪神タイガースでの監督も経験しました。前年最下位のチームを浮上させようと再建を託されましたが、3年間で全てBクラスの成績で最高順位が4位と厳しい時が続き、3年で解任されました。

森脇浩司監督(2013年~2015年)

生年月日:1960年8月6日
ポジション:内野手
出身チーム:近鉄バッファローズ・広島東洋カープ・福岡ダイエーホークス
最高順位:2位

監督として2年目の2014年はシーズン序盤から好調で前半戦を首位で折り返しました。最終的にはソフトバンクに逆転優勝されましたが、6年ぶりのクライマックスシリーズにチームを進出させました。2015年も期待されていましたが、主力選手の不調やケガから思うような結果がでず、5位でシーズンを終えました。シーズン早々の6月2日には成績不振を理由に休養し、8月31日付けで監督退任が正式になりました。

福良淳一監督(2016年~)

生年月日:1960年6月28日
ポジション:内野手
出身チーム:オリックスブレーブス・オリックスブルーウェーブ
最高順位: 6位

2015年森脇監督がシーズン途中で退任したことにより、ヘッドコーチでしたが2015年は監督代行を務めました。そのシーズンオフに正式に翌年の2016年から監督になることが発表されました。細かい緻密な野球が得意な監督で、補強などでチーム戦力が整いはじめているので低迷しているオリックスの再建が期待されています。

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優勝回数が最も多いのは西本幸雄監督と上田利治監督!

オリックスの優勝回数は12回となっています。しかし、優勝監督は3名でそのうちの優勝回数が最も多いのは西本監督と上田監督の5回となっています。特に西本監督は10年間監督を務め5回優勝しています。

ですが、残念ながら巨人のV9時代に重なっていたこともあり一度も日本一になることはできませんでした。その後監督を引き受けた上田監督はその戦力をさらに活かし5度の優勝と3年連続の日本一の快挙も成し遂げました。

まさにオリックスの前身である阪急ブレーブスの黄金期と言って良い時代でした。

その2人以外では名将と言われた仰木監督が2度の優勝を果たしています。

 

まとめ

・オリックスの優勝回数最多監督は西本監督と上田監督の5回。上田監督は3年連続の日本一の快挙も成し遂げています!!

・仰木監督は数々の名選手を育てあげました。メジャーでも現役のイチロー選手、田口選手といった実力派や、「パンチ佐藤」こと佐藤和弘選手の面白いキャラクターを最大限に活かした名将!!

・約20年間リーグ優勝から遠ざかっている球団。シーズンオフの補強などは積極的にしているだけに久々のリーグ優勝が待ち遠しい球団の一つ!!

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