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伊東勤監督の成績・年俸や采配の評価は?冷静沈着で熱いハートも持つ人物像に迫る!

2017/08/13

DSCF8957_TP_V現役時代は西武ライオンズ黄金時代の正捕手で長きに渡って活躍し、引退後は西武、そして千葉ロッテマリーンズの監督として着実に実績を積み重ねる伊東勤監督。豊富な経験に基づく指導者としての手腕は、「名選手、名監督に非ず」という言葉を覆すものと言ってもいいでしょう。今年1月、プレーヤー部門表彰で野球殿堂入りを果たしたことも記憶に新しく、野球人・伊東勤の輝きをさらに増す栄誉となりました。今回は、そんな伊東監督の現役時代の成績や現在の年俸、采配についての評価、さらには家族構成や豆知識エピソードをまとめてみました!

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伊東勤監督の現役時代の成績や現在の年俸は?

それでは早速、現役時代の成績の推移について見ていきます。

成績推移(1982年~2003年)

年度 試合数 打率 本塁打 打点
1982年 33 .242 0 1
1983年 56 .194 0 6
1984年 113 .284 10 44
1985年 124 .258 12 62
1986年 129 .234 11 40
1987年 124 .247 10 51
1988年 129 .252 11 56
1989年 117 .235 9 35
1990年 119 .281 11 43
1991年 124 .212 8 44
1992年 124 .263 4 49
1993年 128 .224 7 39
1994年 113 .254 8 53
1995年 125 .246 6 43
1996年 92 .258 6 26
1997年 129 .280 13 56
1998年 114 .243 8 38
1999年 95 .287 3 24
2000年 94 .212 5 19
2001年 106 .203 2 20
2002年 118 .255 8 50
2003年 73 .168 3 12
通算22年 2379 .247 156 811

成績の各項目を見て、まず特筆すべきは、実働年数の長さと出場試合数でしょう。通算22年間で2379試合の出場ですが、このうち、捕手として歴代3位となる2327試合に出場しています(1位は谷繁元信氏、2位は野村克也氏)。

打率に関しては、シーズン3割を超えたことは一度もなく、1999年の.287が自己ベスト。通算でも.247と、高いアベレージは残していません。また、二桁本塁打はトータル7シーズンで、打点のキャリアハイは1985年の62であり、強打者と称する実績もありません。

ただし、それらの数字だけでは語れない“勝負強さ”がイメージとしてありました。その中で最もインパクトがあったのは1988年、中日ドラゴンズとの日本シリーズ第5戦、延長11回裏。郭源治投手から劇的なサヨナラタイムリーを放ちました。

チームの日本一を決める極上の一打。夕暮れ迫る西武球場で、歓喜の輪の中に溶け込んでいったシーンは、30年近くたった今も全く色褪せていません。

また、上記の項目には記載していませんが、ベストナイン10回、ゴールデングラブ賞11回という名捕手であるとともに、捕手としては稀有な俊足選手でした。通算盗塁数は134。頭脳的なリードに加え、足でも再三、ファンを魅了してくれましたね。

なお、現在の年俸は8000万円。阪神タイガースの金本知憲監督の1億2000万円を筆頭に、1億円超の監督が複数人いますが、伊東監督の年俸は12球団の監督の中で、ほぼ平均的な金額と言えそうです。

 

伊東勤監督の采配に対する評価は?

2003年シーズン限りで現役を引退し、翌2004年から4シーズン、西武ライオンズの指揮を執った伊東監督。就任1年目でいきなりチームを日本一に導き(リーグ戦順位は2位)、その後は3位、2位、5位という成績でした。

4年間でAクラスが3回で、そのうちの1回は真の頂点を極めたわけですから、当時の“青年監督”としては成功裡に終わったと思います。戦力面では、アレックス・カブレラや和田一浩ら、頼れる主砲クラスに恵まれたことも大きかったですね。

また、若手の育成でも大きな成果を挙げました。投手では右の涌井秀章、左の帆足和幸というエース格、そして野手では中島裕之、中村剛也、片岡治大、栗山巧などを、パ・リーグを代表するトップ選手に押し上げました。

その後、2009年にWBC日本代表・総合コーチ、2012年に韓国斗山ベアーズ・ヘッドコーチを歴任し、2013年、千葉ロッテマリーズの監督に就任。西武監督時代とはカラーの異なるチームを率いて、2016年まで3位、4位、3位、3位という結果を収めています。Bクラスが1回だけということで、ここでも安定した采配を発揮していると言えそうです。

特に千葉ロッテ監督になってからは、俊足で小技の利く選手をうまく起用しているという印象です。派手さこそないものの、バントやエンドランなども効果的に織り交ぜて、手堅く1点を取る野球を実践しています。

もちろん、福浦和也選手ら、実績のあるベテラン選手も要所要所でスタメン起用し、若手に刺激を入れるなど臨機応変な采配ぶりも光ります。これも、長年の現役・指導者生活で培ってきた“引き出し”の多さが成せる業かもしれません。

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気になる家族情報について

奥様と、1男1女という家族構成ですが、1993年2月生まれの双子のお子さんです。男の子と女の子の双子というのは、けっこう珍しいのではないでしょうか?

その2人のお子さんが大学を卒業したときに、奥様に真っ赤なバラの花束を贈ったというエピソードは有名です。家庭のことは任せきりだった伊東監督。息子と娘を立派に育ててくれた感謝の意味を込めて贈られた花束に、奥様も、伊東監督の愛情と優しさを感じ取ったと思います。

 

豆知識エピソード

現役時代は頭脳的なリード、そして監督になってからは戦力構成に応じて多彩な采配をする伊東監督。それだけで書き終わると冷静沈着なタイプと思われるかもしれませんが、熱いハートの持ち主でもあります。

気持ちを通い合わせるために選手全員と抱き合ってから試合に臨んだこともありますし、「(勝敗)の責任は全て自分が取る」と公言したことも。チームの士気を高める術にも長けているということですね。

また、昨年発生した熊本大地震の際に発した「野球をやっている場合じゃない」「今すぐ(故郷に)帰って何かの役に立ちたい」という談話も、伊東監督の熱く真っすぐな性格の一端を表しています。「野球を通じて被災者の皆様を勇気づけられれば…」といったコメントが多い中、故郷の熊本を心底から愛して気遣う伊東監督の言葉は実にストレートで、重みが感じられました。

また、自らの信念を曲げない芯の強さも、シビアなプロ野球の世界をサバイバルしてきた大きな要因と言えそうです。西武の監督を辞した際はチームの成績不振に加え、補強問題で球団との確執があったとも言われました。

長くライオンズを応援しているファンの中には、チームの“功労者”伊東勤の古巣復帰を望んでいる方もいると思いますが、万が一、そういう話が沸いてきたとしても、伊東監督の性格なら…残念ながら受諾する可能性は高くないかもしれません。

 

まとめ

・現役生活は23シーズン。西武ライオンズ黄金期を代表する主力選手、そして球界を代表する超一流捕手として名を馳せた。

・西武監督時代は若手を育成しながら、日本一に。千葉ロッテの監督としては、手堅い采配でチームを率いる。昨年まで監督通算8シーズンで、Bクラスは2回だけ。

・お子さんは1男1女の双子。2人が大学を卒業する際、奥様に感謝の意を込めて真っ赤なバラの花束を贈ったエピソードは有名。

・冷静沈着さと共に熱いハートも持つ、人間味あふれるキャラクター。

 

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